ゆく水に数書くよりもはかなきは

2005年03月10日(木) 始まり・2

半分後悔を引きずったまま
「頭文字D」の舞台と云えば、判る人には判るであろう峠に連れて行ってもらった。


晩秋ではあったけれど晴天に恵まれ、景色は良かった…のだと思う。

そのときの私に外を見る余裕はなかったのだけれども。

「緊張してる?」彼が言った。
してます、めちゃくちゃ。と答えたはずだ。
「取って喰いやしないよ」
「喰ったら腹下しますよ」
「景色楽しんでる?」
「さっきから眼にはいろいろ映ってます」
嘘だ。実際はセンターラインだけを見ていたのだ。

多分彼は遊び慣れているのだろうと思った。

カルデラの湖を見てから山頂に行き、市街を眼下に山を下る。
道中、信用していいよ、人畜無害だよと何度も言われ
その穏やかな横顔に軽口も叩けるようになってきた頃だった。
信号待ちで停車したとき
「抱かれてもいい気になった?」と彼が訊いてきた。
顔が引き攣った。
嫌だと言うつもりだった。


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違う。取り消そうとしたが、遅かった。
「交渉成立」
破顔一笑。
信号が青になり、彼は再び車を走らせた。

言ったことは嘘じゃない。
でも始めて逢って抱くの抱かれるのって
そこら辺の問題はどうなんだと自分に山程突っ込みを入れたものの
一回口に出してしまったことを取り消すことはできず
なんだかんだと自分に言い訳をしながら助手席に収まっていた。

「彼氏何人いるの?」
「いろんな情報くれるお友達はたくさん」
「ふうん」
「そちらこそ彼女何人いるんですか?」
「内緒。彼女になってくれたら教えるよ」
つい見つめた横顔は、さっきと変わりのない穏やかな顔だったが
その微笑ですべてを封じ込めている、そんな印象すら抱いた。
「病気は持ってないし、大事にするよ」
「彼女が何人もいるかもしれない人に大事にするって言われてもね」
苦笑する。いくらなんでも信用できない。
「全員同じだけ大事にすればいいんでしょ…複数なら」
「財力と体力と精神力がそこまでタフには見えませんが」
「さらっと言うなあ、怖いことを」
落ち着いた声。咽の奥でくくっと笑う仕草。
どう見ても普通のオヤジ。
どう考えてもただのエロオヤジ。

でも。
なんだか心に引っかかる。

そうして私は車から降りる機会を失った。


気がついたときには
矢鱈と長い暖簾のような物体がついた駐車場入り口だった。

彼がじっと見つめていた。
初めて正面から顔を見た。


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頷きながら、
この人、左右の目の大きさが違うんだと
そんなことをぼんやり考えていた。


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