Promised Land...遙

 

 

始まりの合言葉(2) - 2007年01月03日(水)


「でも、ちっとも恥ずかしい事じゃないのよ。合言葉みたいなもんだと思ったら良いのよ」
「合言葉…ですか?」
「そう。『いらっしゃいませ』はお客さんと接する時の、一番最初の合図みたいなもんよ。お客さんがやってきた、『いらっしゃいませ』って言う。全てはここから始まるの」
「で、でも…」
「だから、恥ずかしい事じゃないんだって。お客さんからしてみれば、『いらっしゃいませ』って言われて当たり前なのよ。で、私達からしてみれば言って当たり前なのよ。片瀬さんだって、どこかのお店に入って『いらっしゃいませ』って言われなかったら、ちょっと嫌な気分になるでしょ?」
そう言われてみると…、確かに。何となく店員さんが私に気が付いてないのかって、嫌というか、少し不安な気分になるよね。

「私達がお客様に『気が付いてますよ』というサインにもなるって事ですか?」
「そうそう!良いところに気が付いたね、その通りよ。お客さんを歓迎する言葉とか、色んな意味はあるけれど、ようは始まりの合言葉だと思ってると言い易いと思うよ」
始まりの合言葉か…。でも…、私にちゃんと言えるのかな…。
そんな不安が顔に出てたのか、園村さんは私の肩に手を置いてにっこり微笑んだ。
「あとはほんの少しの勇気があれば大丈夫だよ。沢山言ってれば慣れるし」
園村さんの言葉って不思議だ。何だか大丈夫な気になってくる。
私は園村さんを見つめ、しっかりと頷いた。

私はその日から、大きな声で『いらっしゃいませ』を言う努力を重ねた。
ほんの少しの勇気を出して、大きく聞き取り易いようにはっきりと言うようにしていた。
お客様はきっと私がそんな努力をしている事なんて知らないんだろうな…。何も言われる事なく、商品を買って帰っていくお客様ばっかりだった。
そんな努力を続ける事、一ヶ月。

一人のお婆さんが来店された。
腰が曲がってて、髪は白髪交じり。にこにこしていて可愛いお婆さんだった。
「いらっしゃいませ、こんにちは!」
私はいつものように少し緊張気味に、でも大きな声ではっきりと言うと、お婆さんは嬉しそうな顔をして、
「はい、こんにちは」
と言ってくれた。
挨拶をして、返事を返してくれた―――たったそれだけ。だけど、これが初めての事で私は凄く嬉しかった。
私はにこにこと笑顔を浮かべるお婆さんに、笑顔を返していた。

それから、一年後―――

私は今日もファーストフードのお店でアルバイトしている。もうすっかり慣れて、ベテランさんの仲間入りだ。
あの時、私に挨拶の事を教えてくれた園村さんは、就職の関係でアルバイトを辞めてしまった。
凄く悲しくて、退職の日は園村さんの前で泣いたりもした。
でも、もう大丈夫。私はもう恥ずかしがらずに『いらっしゃいませ』って言える。
内気だった性格も、バイトを続けていく内に少しは変わった気がした。

もし入ったばかりの新人さんが、恥ずかしくて大きな声で『いらっしゃいませ』って言えずにいたら教えてあげよう。
恥ずかしい事じゃないんだよ、お客さんと接する時の始まりの合言葉なんだよって。
園村さんの言葉を忘れずに、今日も私は元気良く言うんだ。

「いらっしゃいませ、こんにちは!」

END


*****


これまた健全な…(笑)
これも別場所で書いた小説です。恋愛物じゃない!
実体験ですね、接客業をするようになってからの。
接客業をしている皆さん、頑張りましょう♪


↑エンピツ投票ボタン
My追加




-




My追加

 

 

 

 

INDEX
past  will

Mail