10.薬 (2) - 2005年11月09日(水) 「何しに来たの」 午後の授業も放り出して、形振り構わず飛んで行った俺に、明人の第一声はこうだ。 「何しにって…。何で俺に言わないんだよ、学校に電話入れたんなら、俺にメールぐらい打てるだろ?」 「言ったら絶対来ると思ったから…。風邪移ったら大変だろ?」 だるそうな声を出し、明人はくしゃみを一つした。 それもその筈だ。明人は風邪を引いていると言うのに、パジャマ一枚しか着ていない。最近寒くなってきたので、玄関先はかなり肌寒かった。 「ああ、もうそんな格好で出てくるから…」 俺は明人の手を引いて寝室に連れて行った。 室内はエアコンの暖かい空気が流れ込んでいて俺にとっては心地よかったが、明人にとってはまだ寒いくらいらしい。 微かに震えている明人を布団の中に押し込んだ。 「熱は?計ったのか?」 「三十八度七分…。大した事無い…」 どこがだよ…。どう考えても、大した事無い数字じゃないだろ…。 「何か食いたい物は?色々買ってきたんだけどな」 来る途中にスーパーに寄って、風邪の時に欲しそうな物は買ってきてある。 スポーツドリンクとミネラルウォーター、レトルトのお粥と林檎、熱さましの冷却シートに風邪薬。これぐらいしか思いつかなかったけど…。 とりあえず冷却シートを、明人の額に貼りつけてやった。 「何もいらない…。寝るから…」 「駄目だ、何か食べなきゃ薬飲めないだろ。少しでも良いから…」 「薬、嫌い…」 「我侭言うなよ。お粥、暖めてくるからな」 何か言いたそうに、俺を睨みつける明人を背に俺はキッチンに向かった。 明人は一人暮しだ。 どういう事情があって高校生で親元を離れたのか、俺は詳しく聞いていない。 明人はそれを俺に言おうとしなかったし、俺も聞かなかった。 聞かれたくない事情があるのか…、言うほどのことでもないのか。 そのことを俺は大して気にしていない。明人は言いたかったら言うだろうし、言いたくないのなら無理に聞く必要はない。 それは良いが、こういう時一人暮しだと不安になる。 病気になっても、面倒を見てくれる人間がいないんだ。 しかも、今回のように明人が俺に言わないでいて、俺が気がつかない可能性だってある。 軽い風邪なら良い、だけど悪化して肺炎にでもなったらどうするつもりなんだ…。 ぐつぐつと沸騰してきたお湯に、パックのお粥を入れながら、俺はそんなことを考えていた。 どうして明人は俺に言わなかったんだろう。仮にも恋人同士だと言うのに。 風邪を移したくなかった―――それは本当なんだろう。だけど、こういう時は心細くなるものだし、こういう時こそ頼りにして欲しいのに。 俺はそんなに頼りにならない男だろうか…。そう考えると、何だか寂しいような切ないような気持ちになった。 続 -
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