Promised Land...遙

 

 

12.鍵 (1) - 2005年08月19日(金)


アイツは引き篭もっちまうと、ケータイの電源は切っちまうし、家の電話も線を抜いちまう。
自分からは絶対に家から出てこないし、放っておくと飯も食わないし寝ようともしない。
俺とアイツを繋いでいるのは、一つの鍵だけだった。
自分だけの空間に閉じ篭って、誰をも拒絶しながら―――俺が来るのを待っている。


律は高校に入ってから、直ぐに一人暮しを始めた。
それは律が願ったことじゃなく、律の母親の決めたことだった。
中学に入り始めた頃から鬱気味になった律を、アイツの母親は持て余し気味だったんだと思う。
どんな風に接していいのか分からないって気持ち、分からなくもないけどな。親として冷た過ぎるとも思う。
ただその鬱の主な原因がアイツの父親にあったから、一時的にでも律から父親を遠ざけたってのも理由の一つだ。


「あの子のことを宜しくね、大和君」
その部屋の鍵を俺に渡したのは律じゃなくて、律の母親だった。
“てめえの息子だろ。てめえで何とかしろよ”と言ってやろうかと思ったが、律のことなら俺が放っておける訳ない。
掌に乗せられた銀色の鍵を握り締め、俺は深く強く頷いた。


律が学校に姿を見せなくなって二日目、俺は律の住むマンションを訪れた。
いつ訪れても、立派なマンションだなと思う。
律の父親はクソ親父だが、金と権力だけは持っている。律に一人暮しさせるのにボロっちいアパートじゃ、プライドが許さなかったんだろう。
マンション内は沢山の人が住んでいる筈なのに、しん…と静まり返っていた。
エレベーターに乗り込んで、最上階のボタンを押す。この時が一番緊張して嫌いだ。
律が今何をしているのか、何を思っているのか、ちゃんと部屋にいるのか、一番不安になる。
律の鬱は突然やってくる―――いや、よく分かんねえけど…、律にとっては突然じゃないんだろうけど。
俺からしてみればほんの些細なことで、律は外の世界や他人を怖がって、自分の殻に閉じ篭っちまう。
ほんの些細なことだと思えちまう俺に、律は救えないのかもしれない。
それでも、律は俺のことだけは怖がらないから。俺だけは律の殻の中に入ることが出来るから。だから、助けてやりたいって思うんだ。
早く律の所へ行きたい。早く確かめたいんだ、律の存在を。


律の部屋の前に立って、なるべく音を立てないようにその扉の鍵を開く。
インターホンは勿論鳴らさない。鬱の時の律は、音に酷く怯えるから。
静かに扉を開き、律がいる筈のリビングに向かう。
いつ訪れても、物がない部屋―――必要最低限の物しか置いていない部屋の隅に、律はいた。
頭からすっぽりと毛布を被ってその身体を震わせながら、律はある一点をじっと見つめていた。
その視線の先には…、右手に握り締められたカッターナイフがある。
それを見た瞬間、俺は身体中から血の気が引いていくのが分かった。
怒りのような悲しみのような、自分でも何て呼んでいいのか分からない感情が沸き起こる。
思わず叫びそうになって、俺は慌てて口を噤んだ。
俺が激情をあらわにしたところで、律を怯えさせるだけなんだ。
怒鳴ったり、叱ったりしたら、俺は律のクソ親父と同じになっちまう。
それじゃ意味がない。律を救えない。
俺は大きく息を吸い込んで、律の前にしゃがみ込んだ。






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