12.鍵 (2) - 2005年08月20日(土) 「おはようゴザイマス」 その顔を覗き込んで声をかけると、律はびくっと震えて顔を上げた。 カッターを持つ手の震えが大きくなる。 「………ごめんなさい」 小さく消えてしまいそうな声で、律は謝った。 謝るくらいなら、何でそんなもん握り締めてんだ?俺を不安にさせんな―――ああ、駄目だ。やっぱり律を責めてしまいそうになる。 律を責めることだけはしない。甘やかしてると思われてもいい。律には嫌われたくない。 俺のことを他のヤツらと同じだとは思われたくない。 結局俺は何も言えず、黙ったまま律の右手を掴んだ。 律はびくんと身体を震わせたが、構わず腕を引き寄せる。 カッターが強く握られた指を、一本ずつそっと引き剥がしていく。 最後の小指が離れて、カッターが俺の手に納まる頃には律は泣き出していた。 「泣くなよ…、別に怒ってねぇだろ?」 そう言って律の頬に触れても、律は泣き止まない。 俺は律の身体を抱き締めて、泣き止むのを待つことにした。 案の定昨日から何も食っていなかった律に、俺は何でもいいから食わせることした。 何でもと言ったって、俺は炒飯とかラーメンとかしか作れないけどな。 律は俺が作った炒飯をスプーンで弄んでいる。 「ちゃんと食えって」 少し強めに注意すると、 「え…、た、食べてるよ…」 と、律は目を合わせずに言った。 嘘吐け、さっきからカチャカチャ音を立てているだけで、量は減っていないじゃねぇか。 「折角お前の為に作ったのに…」 「ご、ごめんね。ちゃんと食べるから…」 律は少し困ったような顔で笑って、炒飯を口に運び始めた。 ようやく見せてくれた笑顔に、俺はほっとした。 律は笑うと、本当に綺麗だ。女とは違うし、子供のような無邪気さもない。 どこか儚げで繊細な笑顔に、俺はいつも見惚れてしまう。 「大和は…、どうして来てくれるの?」 ゆっくりと炒飯を口に運んでいる律の横で、俺が煙草をふかしていると律は突然聞いてきた。 「どうしてって…、何で?」 「だって、面倒でしょ?僕みたいなの…。もう放っとこうって思わないの?」 何だよ、それ…。そう思われたいのか?律は。 放っておいたら、いつまでもここから出てこないくせに。飯も食わないだろ? 「勘違いしないでね、大和にそう思って欲しい訳じゃないんだ。ただ理由が知りたかったの、大和が僕を助けてくれる理由。幼馴染だから、…恋人だからって言うのが理由なの?」 “恋人”という言葉に僅かに頬を染める律を見て、俺は思わず目を逸らした。 そんなこと言うのに、いちいち赤くなんなよ…。俺が恥ずかしくなる。 俺が律を助ける理由―――勿論律が言ったのも理由の一つだ。 幼馴染だから、放っておけない。恋人を守りたい。それも嘘じゃねぇけど。 「それだけだったら、とっくに嫌になって捨ててたかもしんねぇな…」 律が俺に助けられてばかりの弱いヤツだったら。 もうとっくに諦めて、別のヤツのとこに行っていたかもしれない。 「そう…だよね。じゃあ、どうして?」 律は真剣な声で、俺に尋ねてくる。 今までは隠していたその理由を、今はどう考えても誤魔化せる気がしなかった。 続 -
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