17.桜 (2) - 2005年03月15日(火) 「上村…、お前どこまで馬鹿なんだ…」 呆れ果てたというように、神条は額を手で押さえ再び溜息を吐く。 「えー?酷いっスよ〜!俺が止めなきゃ神条、あの子に第二ボタンあげちゃってたくせに〜っ」 どうせ告白されて、“付き合ってなんて言わないけれど、記念に第二ボタンを下さい”などと言われていたに決まっている。 「その通りだがな…。このボタンに何の意味があるんだ?」 神条は制服の第二ボタンを引っ張り、眉を潜めた。 「一番心臓に近い所にあるでしょ?だから、第二ボタンはその人の“心”なの」 「…これが?」 神条はこの手の常識に酷く疎い。上村が来なければきっと意味も分からずに、あの少女に第二ボタンを渡していたに違いない。 「そうっスよ。有名な話だよ?卒業式のメインイベントだもん。神条の第二ボタンなんて、引っ張りだこなんだから」 神条には分からないだろう、第二ボタンを欲しがる少女の気持ちなんて。だが、それでいいと思う、神条なのだから。 そんな風習、馬鹿らしいと言っている方が神条らしい。 他の人間が何を言おうと、神条は自分が守る。誰にも渡さない自信が上村にはある。 だが、それは近くにいればの話で。 遠く離れてしまえば、神条を守ることは出来ない 絶世の美女に誘惑されたとしても、上村にはどうすることも出来ないのだ。近くにいないのだから、気がつきもしないかもしれない。 どうすれば…いいのだろう…。 「ほら」 暫く意識を飛ばしていた上村は、神条が差し出した右手を見つめ、ただ首を傾げた。 「何だ、欲しかったんじゃないのか?だったら、むやみやたらと叫ぶな、馬鹿者」 それが神条の第二ボタンだと分かるまで、しばらく時間がかかり神条は手を下ろす。 「わーっ、待って待って!貰う、ちょうだい!いや、下さい!」 慌てて神条の手を掴み指を開かせると、上村は奪い取るようにボタンを掴んだ。 「…変なことには使うなよ」 「もう貰ったんだから、俺のもんだもーん。何に使おうと俺の勝手だよーん」 「…って、お前!本当に何に使うつもりだ!返せ!」 「…冗談だってばさ」 いくらなんでもボタンを…、何にどう使えというのだ…。 乾いた笑みを浮かべながら、上村はボタンを両手で握り締めた。 「上村」 神条の指が頬に触れ、上村は神条を見上げる。 直ぐに近くに真剣な顔をした神条の顔があった。 「…目が赤いぞ、泣いたのか?」 上村ははっと我に返り、神条の指から逃れるように後ずさる。 「や、やだな〜。俺が泣くはずないじゃん、卒業式ぐらいでさ」 「そうか?いつも下らないことで泣いているだろう」 「な、泣いてないっスよ!神条のバカ!…帰る」 今、この状況で神条に優しくされたくない。ぬくもりも感じたくない。もっと泣けてしまう。 “行かないで”と、縋りついてしまう。そんなこと言って良い筈がない。 神条の夢を自分が叶わないものにして良い筈がない。分かっている。だから、このまま去るのが一番なのだ。 泣くことは、一人でだって出来る。立ち上がることが出来るかは分からないけれど…。 続 -
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