6.雪 (3) - 2005年03月13日(日) 神条はブルーの包装紙を綺麗に剥がし始める。 一番だからとか、中身がどうとか、そんなことは問題ではない。誰から貰ったかが問題なのに。 上村から貰った物を、神条が捨てる筈がない。 箱の中には小さなチョコレートが四粒だけ入っていた。甘い物が苦手な神条を考慮してのことだろう。 一粒、口に含んでみると、独特の甘味が口の中に広がっていった。 「どうどう?おいしい?」 「……………甘い」 この手の甘味に慣れていない神条は、たったの一粒食べただけで吐き気を感じ、口元を抑えてしまう。 「ええ!?甘さ控えめって書いてあったのに!?神条、吐いて!」 「…平気だ」 本当はかなり平気ではないのだが、それでも吐き出したくはない。 他でもない上村がくれた物なのだから。 「やっぱチョコじゃなくって、何か残る物にすれば良かったー。来年は…」 上村はその先を続けることなく、俯いて黙り込んだ。 何を言いたかったのか、何故言わなかったのか、神条には分かっていた。 だが、神条もその先を促すことはない。上村と同じように俯いた。 「よく降るっスね。最後の雪かなぁ〜?」 暫くして口を開いた上村は、しんしんと降り積もる雪を見つめながら両手を暖めるように擦り合わせた。 「そうだな」 神条はその片方の手を取って、強く握り締める。冷たくなった指先を暖めるように、自分のコートのポケットに潜り込ませた。 冷たくなっているし、寒いだろうし、風邪を引いたら困る。もう帰った方がいいのだろう。 だけど、離したくなかった。離れがたかった。 「寂しいね、もっと降ればいいのに。…春なんて来なけりゃいいのに」 上村の言葉の裏に隠されている真意を、神条は知っている。 上村は春が好きな筈だ。去年の春、桜を見つめては嬉しそうにはしゃいでいたから。 そんな上村にこんなことを言わせているのは、他でもない自分であることも神条は知っていた。 春になれば―――卒業すれば、神条は東京の大学に行く。 上村は地元の専門学校に通うらしいと、友人を通じて知った。 今まで進路のことが話題になったことはない。高校三年のこの時期になっても。 だが、上村は知ってるのだと思う。神条だって、上村の進路を人から聞いて知ったのだ。上村もきっと同じだろう。 だからといって、言わなくていいことにはならない。大切なことなのだから、言わなければと思う。だが、どうしても言えなかった。 言ってしまったら、上村は自分から離れていってしまうかもしれない。 寂しがりやの上村に、遠距離恋愛が耐えられるとは思えない。“待っていろ”なんて、言える筈がない。 離れたら心も離れてしまう、きっと。 「このまま…二人で…」 「ん?何?」 「いや、いい。何でもない」 何を言おうというのだろう。現実から逃れることなんて出来ないのに。 出来たとしても、上村の一生を棒に振ってしまうことになるかもしれない。 それだけは嫌だ。上村には、誰よりも幸せになって欲しいから。 誰よりも愛しい人だから。 「…春なんて来なけりゃいいのにね」 上村はもう一度そう呟いて、神条にしがみつくようにコートを握り締める。 そんな上村を、神条はただ強く抱き締めることしか出来なかった。 了 ***** ラブラブなんだけど、暗いお話ですね。 でも、この二人はハッピーエンドですよ。 この人達、モデルがいたりします。もし分かったら、遙までご一報を。 当てても何もありませんが、遙は喜びます。 -
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