6.雪 (2) - 2005年03月12日(土) “いつもの公園”とは、神条と上村がよく待ち合わせに使う場所である。 二人の通う学校からは遠く離れていて、学校の友人らに目撃されることはない。おまけに神条と上村の家からは、そう遠くはないので待ち合わせに最適な場所だ。 神条が公園に辿り着いた時、雪は本格的に振り始めていて辺りを白く染め始めていた。 上村は雪を避けるように、東屋のベンチに腰掛けて寒そうに身体を丸めている。 「あ、神条〜!」 神条の姿を見つけると、満面の笑顔で大きく手を振る。 神条は大きく溜息を吐いた。 「どうした、こんな時間に。何かあったのか?」 「ううん、何にもないっスよ」 何もないのなら、こんな時間に呼び出したりはしないだろう。 舌足らずで、理解不能の思考の持ち主である上村のことだ。その真意を読み取るには、時間がかかることを神条は重々承知の上である。 「薄着はするなと言っただろう。…冷たくなっている」 神条は赤くなった上村の頬を、両手で包み込んだ。 「神条がいれば、寒くないもん」 上村は照れくさそうにはにかむ。神条はその姿を見て、自分のしたことが急に恥ずかしくなった。 そんなことに愛しい恋人は気がつかないんだろうけれど。 「あのね。これ、渡そうと思って」 はい、と両手で差し出され物は掌サイズの箱だった。 ブルーの包装紙に、同色のリボンがついている。 「何だ、これは?」 「やだな〜、バレンタインのチョコっスよんv」 「チョコ…?」 神条はその箱と上村の顔を交互に見つめ、首を傾げずにはいられなかった。 確かバレンタインディーとは、明日の筈である。 だったら、明日学校で渡せば良いのではないだろうか? 前日に渡すと、何か良いことでも起きるのだろうか? 「今日は2月13日ではないのか?」 「も〜っ、神条分かってないな〜。もう12時過ぎたから14日なんスよ〜」 「…だから、何だ?」 「だから、俺が一番に渡そうと思って。どう?一番のり?」 ころころと笑ながら顔を覗き込んでくる上村に、神条は再び溜息を吐かずにはいられなかった。 「この大馬鹿者がっ!!こんな物の為に寒い中、待っていたというのか!?風邪を引くと言っただろうが!大体お前は男だろう、男が男にこんな物あげてどうする!」 「…俺の愛、受け取ってくんないの?酷いっスよ〜。うわ〜んっ、神条のバカぁ!冷血漢ーっ!!」 神条の言葉に、上村はまるで子供のように泣き出した。 上村は伊達や酔狂ではなく、本当に小さなことでよく泣く男である。そして、神条はその涙に酷く弱い。 泣き出してしまった上村にどうしたら良いもののかと悩み、ただ頭を撫でてやるだけなのだが。 「受け取らないとは言っていないだろう。ただ渡すだけなら、学校内でも構わないだろうが」 二人きりになれる機会が少ない場所ではあるが、この小さな箱ならばこっそり受け取ることなど容易いだろう。 「だから、一番に渡そうと思ったのーっ!神条、モテるからぁ!」 「はぁ?俺が?」 「知ってんだよ、俺。神条、去年のバレンタインの時、山ほどチョコ貰ってたでしょ。直接渡しても受け取ってくんないって、クラスの女の子が噂してたのも知ってんだから。靴箱と机に入り切らないほどチョコ貰ってたでしょ。知ってんだよ、全部!」 「…そうだったか?」 神条は去年の今頃の記憶を思い起こす。 確かに靴箱と机には、入り切らないほどの箱だの手紙だのが入っていた気がする。 甘い物が苦手な神条にとって、それらの匂いだけでも地獄であり、全て中身も見ずに捨ててしまったのだ。だから、記憶の片隅にしかない。 それよりも、その頃の上村が酷く不機嫌そうだったことの方がよく覚えていた。数日ほどでいつも上村に戻ったのだが。 「仕方がないだろう、勝手に入っていたんだから。あれは一つも手をつけずに捨てたぞ?それに、お前も貰っていただろうが」 クラスの女の子に手渡されて、ヘラヘラと笑いながら受け取っていた姿もよく覚えている。 「俺のは全部義理チョコだからいーのっ!…俺のも捨てるつもり?」 先程の涙はどこへやら…、上村は不機嫌そうに頬を膨らませ、神条を睨みつけた。 「…捨てない。上村のだからな」 続 -
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