9.祈 (3) - 2005年03月08日(火) 少年の問いかけに、俺は答えることが出来なかった。 “自分の力だけではどうすることも出来ない願い”というものが、俺の頭の中になかったからだ。 願いは叶ったり叶わなかったりするが、それは全て自分の力によるものだと思っていた。 「…僕、もうすぐ死んじゃうかもしれないんです。お医者さんの話によると、長く見積もって一年…。絶対安静で薬を飲み続けて、あと一年で死んじゃうんです」 少年は儚げな笑顔を浮かべていた。 「母さんは最近泣いてばかりいて、父さんとケンカばかりしています。絶対安静を条件に病院を一時退院したので、外に出ることは許されません。今日はこっそり抜け出してきたんですけどね」 「小さい頃からの病気なので、僕は学校に通ったことが殆どないんです。友達もいません。知っている人は、父さんと母さんと家庭教師の先生とお医者さんだけです」 「僕はこれでも16歳なんですよ。背が小さくて、腕も胸もお腹もガリガリでしょう?薬の副作用なんです。薬を飲んだって治らないんです。ただ病気の進行を遅らせるだけなんです」 「僕は元気になって、学校に行きたいだけなんです。健康な身体で、友達と走り回ってみたいんです。恋をして、大好きな人とデートしてみたいんです」 少年の言葉に、俺は相槌を打つことさえ出来ずにいた。だから、少年は一気に喋った。 少年はきっと同情されたい訳ではないんだと思う。だから、笑っているんだ。 何も言うことが出来ない。言ってやれることがない。 それは俺が体験したことがない世界だからだろう。 期限付きの寿命も、入院生活も、薬の副作用も、俺にとっては無縁のものだ。 何も知らない人間が、“大丈夫”なんて言った所で説得力がない。何が“大丈夫”なんだ? 俺にとって当たり前の日常を、少年は“叶うことがない願い”として神に祈っている。 ささやかで平凡な願いなのに、叶うことがない願いを。 「ねえ、お兄さん。僕の願いはやっぱり無駄ですか?自分の身体が悪いんだと、諦めるべきですか?ねえ…っ」 少年の笑顔は崩れ、ぽろぽろと大粒の涙を流して俺に縋りつくようにシャツを強く掴んだ。 俺はやっぱり何も言うことが出来なくて、ただ少年の身体を抱き締める。筋肉のついていない細い身体を。 「死にたくない…っ、死にたくないよぅ…!どうして僕ばっかり…っ」 泣きじゃくる少年の頭をよしよしと撫でてやる。 それだけで慰めになるとは思えないけれど。 俺はその時、初めて神に祈った。 この少年のささやかな願いを、どうか叶えてください―――と。 慈愛の表情を浮かべるマリア像を見つめ、祈るように静かに目を閉じた。 了 ***** 非常に悲しくなってきたので、少し不完全燃焼です。 健康な身体に生まれて、本当に良かったと思いました。 途中、キリスト教を批判するような表現があったことをお詫び致します。 …ところで、これBL…? -
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