9.祈 (2) - 2005年03月07日(月) いつからそこにいたのだろう。気配が感じられなかった。 とても綺麗な少年だ。私服を着ているので歳は分からないが、おそらくは高校生か、もしかしたら中学生かもしれない。 少年は熱心に祈りを捧げているらしく、俺に気がつく様子はない。 だからといって、どうということはない。その少年は知り合いな訳ではないし、ここにいたって暇つぶしにはならないんだから、さっさと立ち去ってしまえばいい。 そう思うのに…、身体は動かなかった。俺は何故なのか、その少年から目が離せなかった。 遠目から見ても、明らかに男だと分かる少年に何故か鼓動が早くなり、身体が熱くなる。 何だっていうんだ…、男相手に。これじゃあ、女学生が電車で出会った見知らぬ男に一目惚れするのと変わらないじゃないか。 一目惚れ…?有り得ない、何で俺が…。 その時、少年が俺の存在に気がついたのか、目を開いて顔を上げた。 真っ直ぐな無邪気な瞳を向けられて、俺はいたたまれなくなり目を逸らす。 ただ見ていただけなのに、罪悪感のような感情が生まれた。 「こんにちは」 少年の唇から、澄んだ声が零れる。 「あ…、ああ」 何が“ああ”なのか、自分でもよく分からない。だが、少年の顔が見れないまま、そんな言葉しか出てこなかった。 「お兄さんは、この近所に住んでいる人ですか?」 声、口調、どちらを取っても、やはりこの少年は未成年であることが伺える。 「…まあな」 「そうですか。良いですね、こいうい場所が近くにあって」 …良いのか?俺は初めて訪れたし、キリスト教に興味もないのでよく分からない。 「お前…、キリスト教徒なのか?」 「いえ、そんなんじゃないです。ここに来たのも初めてです。ただ…、神様にお願いしたいことがあって」 「神様…に?」 「はい。お兄さんにもあるでしょう?どうしても叶えたい願い事が」 あるだろうか…。少なくとも、神頼みなんてしたことがない。 神の存在すら信じたことがなかった。 「俺は…、神なんて信じていない。だから、神頼みはしないな」 そう言うと、少年は驚いたような表情をした。 そんなに俺のような人間は珍しいのか? 「願いを叶えるのは自分だ。叶わなかったら、自分の力が足りなかったと諦めるだけだ。祈った所で願いが叶う訳じゃないし、叶ったとしても偶然だろ。神のおかげって訳じゃない」 熱心に祈っていた少年に、随分と酷いことを言っている自覚はある。 説教しているつもりはない。ただ自分の意見を述べただけなのだけれど…。 「自分の力だけではどうすることも出来ない願いは…?」 少年は悲しげな表情で、俺を見つめる。 「叶うことがない願いを神様に祈ることは、無駄なことなんですか?」 続 -
|
|