++いつか海へ還るまで++

雨が降る 代わりに泣いて いるように

降り続く雨 降り止まぬ雨


2005年11月06日(日) ただ空を仰ぐ

金曜日 朝の子供との出来事で神経がすり減ったような状態で。
とにかく時間制限がある。子供達が学校から帰ってくるまでに
家に帰り着いていないといけないから余計に焦る。
それでもひと目顔見て安心したくて。

誕生日の近い祖母へのプレゼントや疲れてる両親へも
ささやかながらそれぞれにプレゼント選んで。
なかなか渡す機会がないから持ってきた。

祖母の入院している病院は総合病院で
総合病院はわたしにとっては辛い。
辛いというよりも怖い。

夫の闘病中、通院で付き添った毎日。
入院してから 看取った最期の時まで
気を抜けば崩れ落ちそうな気持ちを張りつめて張りつめて
通ったあの道を
わたしは今も通れないでいる。

総合病院独特のあの雰囲気。
待合所の情景。病棟の廊下に白い病室。

祖母の入院しているのは別の総合病院だけれど
重なってフラッシュバックする情景に
指先が抑えても小刻みに震えているのが自分でわかる。

しっかりしろ と自分で自分に言い聞かせる。
幸い今回命に別状はない。
とにかく聞いていた病室を探して中へと入ると
両親が来ていた。

祖母の顔はかなり酷く面変わりしていて
それは転んだ時に顔面も拍子で強く打ち付けたかららしい。
単純に転んだというのではなくて 多分転びそうになった時に
何かにしがみつこうとしたのではないかと。
それでよろめいてかえって反動で顔面まで強く打ち付ける形に
なったのではないかと。

それでも思いの他 しっかりしていて安心した。
ちょうど昼食時で食欲は家にいた時よりもかなり落ちていたけれど
これでも少しずつ食べるようになったんだよ と母が言った。
入院した日にはとにかく一口も食べなかったそうだから。

せめて・・と母に代わって食事の介助をした。
おかゆを一口 おつゆを一口。少しずつ ゆっくりと。
顎の下にタオルエプロンをして小さな口を拭くタオルを横に用意して
自分でできるのにとか
こんなに沢山たべれないからアンタ食べなさいとか
思っていた以上にしっかり話していてホッとする。

祖母の中では時の感覚が行ったり来たりするようで
わたしに学校は今日はいいのかと言ったかと思うと
子供達(ひ孫)は元気かと尋ねたりする。
それにひとつずつ臨機応変に答える。
否定したり違うよという必要はないと思うから。

祖母の中ではただ時が順番に並んでいないだけ。
時を駆けてあちこちに行ったり来たりしているだけなんだから。

プレゼントを開けて見せると喜ぶ。
一応 お母さんに預けておくからね というとにっこり笑う。

太った太ったと盛んに言われる。
でも気にはならない。祖母の太ったねは 元気そうだ ってことだと
知っているから。

でも確かに昔のひょろりとしていたわたしより太った。
これは過食のせい。
ストレスが溜まるとどうしてもそういう方向に出てくる。
随分治まってはきたけど正直かなり気にはしてる。

ただ祖母には言われても堪えなかったのに
父からの言葉は堪えた。
元々 父は毒舌家で。家族思いは人一倍だし実際 
有言実行の人だがそれだけに少々キツイ時がある。

その時のわたしは黒のキャミソールの上に
薄いピンクのカーディガンを着ていて。
それは今まで首の詰まった全身黒ずくめみたいな格好の
わたしからしたら かなり頑張った方だった。
ちゃんと口紅もつけて控えめながらアクセサリーもつけて。
砕けすぎては病院だから でも黒ずくめよりも少しでも
明るい色を・・って色々頭を悩ました末に迷って決めた服装。

父から一言で切り捨てられた
「胸がそんなに開いててみっともない!」
「この前もおかしいから止めとけって言ったのに
まだこんなものを着てる」

病室でお説教。

母がフォローするように 今はこういう服をみんな着てるじゃないの
って言ってくれたけど。

そんな胸の深く開いたキャミソールじゃない。
Tシャツくらいの大人しいもの。
カーディガンの前はホックで留めてるから露出度が高いわけでもない。


なんだか・・・一気に・・気持ちが・・落ちた。

これくらいもダメなのかな。似合わないのかな。おかしいのかな。

朝から・・子供のことで神経と身体クタクタにして
でもおばあちゃんの顔見て安心したかったから
電話して 都合聞いて状態聞いて プレゼントも選ぶの楽しかったよ。
日頃 孝行らしいこと何もできないから。

一人娘には幸せになって欲しいと一番願ってきた両親や祖母に
結局 こんな姿しか見せられないままだったから。
せめて できるだけ 子供達のことや自分のことで
これ以上心配かけたくなくて 自分なりに一人で頑張ってきたよ。

夫も子供みたいなヒトだったから わたしは最期まで受けとめ役で。
結局 性分なんだろう。自分のこと話すのは苦手だから
ヒトの話聞く事になって。馬鹿だからお節介にもやっぱり心配して。

子供達一人一人のことも足りないながらも受け止めて。
あっちでもこっちでも でもだって 気持ちがわかる気がするから。
出来ることは聞くこと。受け止めること。
それだけしかないから。


たった 洋服のこと。
いつもは昔気質の父らしい皮肉と受け流せるはずのことが
その時は ものすごく 堪えた。

お見舞いして あんまり時間がないからと 病室を後にして
ちょうど両親も祖母が眠ったので食事をしてくるというので
一緒にエレベーターへ
急に無口になったわたしに父が 何不機嫌そうな顔して と言った。

申し訳ないけど・・・急ぐからとにかくこれで帰るからと答えると
疲れとぴりぴりしてる状態のときだから言い方が癇に障ったんだろう。
父の機嫌が目に見えて悪くなった。

つい抑えていた部分が出て わたしも今日は精一杯何とかって思って
来たのに・・・というと

極めつけは
「訳がわからない。今 オマエとゴチャゴチャ言いあってる余裕は
お父さんには無い。おばあちゃんのことでもいっぱいいっぱいなのに。」


もういいから。ごめん。わたしが悪かったから。
それだけ言って病院を飛び出した。


わかってるよ。わかってるからだから。
だから。


みんな
いっぱいいっぱいで必死で
だから
わたしも頑張るしかないんだ。
わかってるし思い知ってるし
当たり前のことで。

でも
ずっと一人で背負い続けて受けとめ続けて呑みこみ続けてきたものは
やっぱり重くて。
ココロが軋むほどに 重くて。


泣きたいのに
泣けなかった

あの時も
あの時も

そうして
あの時も
そうだったな・・と

ぼんやりとただ思いながら
人ごみの中を歩いていた。


仕方が無いこと というのは
どうしたって ある。
わたしは 頼ったり甘えたりそういうことの
上手にできる性分のニンゲンじゃない。

周囲の状況もそれを何とかできる余裕がない。


一人で考えて転んでも怪我しても一人でヨロヨロと立ち上がって
泣いても助けなんてこないし 結局自分が何とかするしかないってこと。


負けずに頑張りましょうとか前向きに生きましょうとか
そういうとても正しい真っ直ぐな善意の言葉は
わたしの胸を打たない。感動もさせないし影響も与えない。
むしろ イライラさせる。

そんな言葉はまだ 何処かに余裕があるヒトの言葉だからだ。
痛みを比べることなんて出来るはず無い。
それをわかってて でも やっぱり思わずにはいられない。
いや 言わせて下さい それこそ傲慢な歪んだ考えでしょうと
諭されるのを承知で。

貴女はまだ 幸せなんですよ・・と。


たった一人で 身にそぐわない剣。へっぴり腰でそれでも持って
ひたすらに闘い続ける。
昨日もそうだったし今日もそうだしきっと明日も
ずっとそうでしょう。

その絶望がわかりますか?

泣く事さえできなくなって
ただ 空を仰いで
でも 抱え続けて背負い続けて呑みこみ続けて
生き続けて来た 生き続けて往く人間の気持ちが
わかりますか?

生きるしかないんです。

キレイゴトでもなんでもなく
守りたいものを守る為には

生きるしか ないんです。



感動とか感激とかそんな余裕とかキレイゴトとか
ぶっちゃけ それで?って感じです。

泥まみれでグチャグチャで混乱しても
それでもしがみついてみっともなくも

生きる。

それが わたしです。



ただ空を仰ぐ。

そうしてまた

歩き出す。


ただ それだけ。

淡々と今日がまた始まります。


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                               ゆうなぎ


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