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2007年02月27日(火) 自力本願

職場近くのホテルの前を通りがかったら、玄関に「○○大学受験生御一行様歓迎」という札が掛かっていた。そっかあ、明日が試験なのね、と思ったら懐かしい記憶がよみがえってきた。
私の大学受験というと十五年以上も前であるが、私も前日に現地入りして試験を受けたことがある。
私にとっては「そこ以外行くつもりはない」くらいの本命の大学であったが、親は猛反対した。当然である。ある日突然、推薦で決まっていた地元の大学を蹴って一般入試で別の大学を受けなおすと言いだしたのだから。
「もし落ちたらどうするつもり?浪人なんてさせないからね」
反対される理由はもうひとつあった。試験を受けるのに前泊しなくてはならないくらいだから、もしその大学に行くとしたら実家を出ることになる。が、当時女の子の一人暮らしは好ましくないとされていた。生活や交友関係が乱れているとみなされ、銀行には就職できないとか見合いで不利になるとか言われていたのだ。親が心配するのも無理はない。
しかし、私はどうしてもその大学に行きたかった、行かなくてはならなかった。とにかく受験だけはさせてと頼み込み、説得の続きは合格通知をもらってからすることにした。

私が泊まったのは歓迎札が掛けられるような立派なホテルではない。大学が斡旋していた受験生用の宿泊プランを利用したら民宿のようなところで、案内された十二畳くらいの和室には先客が荷物を広げていた。女の子四人の相部屋だった。
どこから来たの、どの学部を受けるの、本命か滑り止めか、志望動機は?自然と自己紹介になったが、私は最後の項目をどう答えようかなあと思った。一般入試の二ヶ月前になって進路変更をしたのは、われながらあまりにもバカげた理由だった。たった一晩の付き合いの人たちに正直に話して「変わった人」と思われることもないだろう。ま、適当に言っておこう……。
と思っていたら。うちの一人の「私がここを受けようと思ったのはね」を聞いて仰天した。
「××って番組、知ってる?それにすっごくすてきな大学生が出てたの。△△さんっていうんだけどね、私その人に憧れちゃって、ぜったい同じ大学に入りたいって思って」
たとえばテレビで高校野球を見てハンカチ王子に恋をし、彼を追いかけて早稲田大学へ行くという人が周囲にいたら、あなたは大笑いするかあきれ返るかするだろう。
しかし、私の「えーっ!」はそのどちらのニュアンスとも違った。こんなことがあるのか、と信じられない気持ちで私は言った。
「実はね、私もそうなの……」
ひと目惚れだった。しかしそんな理由で大学を選ぶバカモノは自分くらいのものだと思っていたから、本当に驚いた……のは彼女も同じだったようで、私たちはもう勉強どころではない。「ねえ、いまから大学に行ってみない?」「もしかして学校に来てたりして!」ということになった。

入試期間中は講義は休み。もちろん会えることはなかったが、私は不思議な導きを感じた。食堂の入り口に積まれていた学生新聞をふと手に取ったら、なんという偶然だろう、彼のインタビュー記事が載っていたのである。放送以降、学内でも有名人になっていたらしい。
「夢は叶うものではなく、叶えるもの」
という彼の言葉に深く頷く。そうよ、百万回神様にお祈りしたところで叶うことはない「彼と出会う」を実現するために、推薦を捨て、親の反対を押し切り、私はここまでやってきたのだ。
新聞はきれいに折り畳み、手帳にはさんで御守りにした。

* * * * *


私の入学が彼の卒業と入れ違いだったという計算外もあり、“再会”を果たすのに二年かかった。
名乗ると彼は私の顔をじっと見て、「俺に手紙くれたこと、あったよね?」と言った。
「はい。高校三年のとき、受験前に送りました」
しかし驚いた。住所がわからなかったので、いちかばちか大学の学部事務室宛てに送ったのである。それがちゃんと彼の元に届いていたのだ。
「『後輩になって必ず会いに行きます』って書いたんですよ」
「覚えてるよ、便箋八枚。ファンレターは五千通もらったけど、あんな熱烈なのはちょっとなかったな」
でしょう?だってあれはファンレターなんかじゃない。ラブレターだったんだもん。
そのとき言われたことはいまもはっきり覚えている。
「気づいてるか?いまこの瞬間があるのはラッキーやったからやない、おまえが自分でつくりだしたんやで。それはすごいことやと俺は思う。ようここまで会いに来てくれた」

積極的、行動的だと人に言われることがある。自分では「この意気地なし!」と机に突っ伏して泣きたくなることもあるのだけれど、誰かの目にそう映るのだとしたら、それは「自分の願いを叶えられるのは自分自身以外にない」が私の芯にあるからかもしれない。
「思う」だけ、はそれが自動的に叶うのを期待して座って待っているのと同じ。本気でなにかを望むとは、手に入れるために「行動を起こす」こと。
どんな途方もない夢でもあきらめないかぎり、可能性が潰えることはないのだ。