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2007年03月02日(金) 昔の恋人にがっかりする瞬間

友人がぷりぷりしている。昔の恋人が出張でこちらに来るというのでひさしぶりに会ったら、別れ際、ホテルの部屋に誘われたという。
「私ら、彼の浮気が原因で別れたんよ。なのに今度は私と浮気かいな」
彼女の「人間って変わらんもんやな」を聞きながら、私は最近読んだ林真理子さんのエッセイを思い出した。
昔の男から電話があり、話があるから時間をつくってくれと言われた。彼のリクエストでふぐの店を予約したら、会計の段になって「俺、金持ってない」と言いだした。付き合っていた頃も人の財布をあてにする男だったが、あれから十何年経ち、仕事で人を使う身の上になってもせこい人間はせこいままなのね、とあきれた……という内容だ。

私は“嫌なヤツ”とは付き合ったことがないので、「相手が相変わらずでがっかりした」経験はない。しかしながら、相手が変わってしまって、つまり「昔はこんなじゃなかったのにな」という方向で残念に思ったことは一度だけある。
何年か前、大学のサークルの創立記念パーティーで二十歳くらいまで付き合っていた三つ年上の男性と十数年ぶりに再会した。私の名札を見て「結婚したんだね」と言うので、そっちは?と訊いたら、離婚調停中だという。結婚は三年前、しかしすでに別居生活一年以上になるらしい。
いったいどうして……と思う間もなく、「それがさあ」と彼が話し始めた。夫婦仲がうまく行かなくなったのは、彼が会社を辞めて独立したことで生活が不安定になったことが原因だという。
バブルの恩恵を受けて入社した大企業に勤めている頃に知り合った女性だから、起業してうまく行かないとなると「こんなはずでは」と思うようになったんじゃないの、ということだった。まあそういうこともあるかもしれないなと思いながら聞いていたら、彼の話は愚痴の域を超え、妻の悪口になった。
よほど鬱憤がたまっていたのか、妻の至らなさを挙げ連ねる。結婚生活が破綻したのは思いやりがなくちっとも夫を理解しようとしない彼女のせいであると言わんばかりの口ぶりに、私はかなり驚いた。
マンモスサークルの会長をしていたくらいだから、リーダーシップも人望もあった。十八の私はそういうところに惹かれたのだが、華やかなパーティーの席で似つかわしくない話を延々つづける彼はまるで別人のようだった。
苦労したんだろう。でもなんだか小さくなっちゃったな、と思った。

* * * * *

私は別れた後も連絡をとりつづけるということはしないので、昔の恋人と個人的に会うことはほとんどないのだけれど、同窓会のような場で顔を合わせるのはそれなりに楽しみだ。
たとえ終わりのほうはいろいろあったとしてもいまとなっては恩讐の彼方、再会を心から喜べる。かつて好きだった人がいまも変わらず素敵でいてくれると本当にうれしいし、幸せでいるとわかると安心もする。
でもいつも不思議に思うのが、相手がこちらのことを当時の呼び方では呼ばないこと。皆とは言わないが、名前を口にしようとしない人のほうが多い。「きみ」なんて言われてびっくりしてしまう。昔と変わらぬ調子で話しているのに、その部分だけが他人行儀なのだ。
いたずら心を起こしてこちらは相手の名前を連発し、なんとか呼ばせてやろうとするのだけれど、その頑なさの前にたいていは敗れる。
あれはなんなのだろう。ひさしぶりなので照れくさいんだろうか。それとも「もう自分のものではない」からくる遠慮、あるいは自重なんだろうか。
そう、もうあの頃とは違うのよね。ちょっぴりつまらなくて、ちょっぴりほっとする。