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2006年07月07日(金) 七夕劇場

そこに住みたいという理由で京都の大学に進学し、京都の会社に就職。まったくの趣味で「京都検定」を受験するほど京都好きの友人がいる。
その彼女が最近、一泊二日で遊びにきた地元の友人三人を京都観光に連れて行ったらしい。全員京都は初めてということだったので、彼女ははりきって計画を練り、当日はツアコンよろしく名所や名店に案内した。
すると後日、三人からちょっとしたプレゼントが送られてきたという。

「いろんなところを見せてあげたくてけっこうタイトなスケジュールを組んでたから、ひそかに時計とにらめっこして、時間がおしたら予定をはしょったりしてね。自分で言うのもなんやけど、ちょっとがんばったわ。でもあそこまで喜んでもらえるとは思わんかった」

でも、私はお礼をせずにいられなかった友人たちの気持ちがとてもよくわかる。
だって彼女の話を聞いているだけでわくわくし、「私も連れてってほしかった!」と言ってしまったほどだもの。行った人はどんなに楽しかったことだろう。

帰り道、そんなことを思いながら歩いていたら、とても懐かしい気持ちになった。
私も大学時代の四年間を京都で過ごしている。祇園祭に五山送り火、宇治川花火大会……とこれからの季節、京都は楽しいことが目白押しだ。
「そうねえ、もし私が誰かを案内するとしたら、どんなところへ連れて行くかしら……」

* * * * *

午後一時。JR京都駅で彼と待ち合わせ。
「パンツスタイルってめずらしいね、初めて見たよ」
と開口一番、彼が言う。
「うん、今日はけっこう歩く予定だからね」
「へえ、楽しみだな。で、今日はどこに連れて行ってくれるんだろう?」
今日のデートのテーマは「京都の夏を満喫する」ということで、内容は私に一任してもらっているのだ。

バスで京阪・出町柳駅へ。そこから叡山電鉄に乗り換えて三十分、終点の鞍馬駅で下車。
土産物屋が立ち並ぶ道を少し歩くと、鞍馬寺の仁王門が現れた。京都はほとんど来たことがないという彼に、「牛若丸はこのお寺で修行を積んだんだよ」と解説する。
門をくぐり、私たちは清少納言が『枕草子』の中で「近こうて遠きもの」と記した長い長い九十九折の参道を歩いて、本殿金堂へ。
「わあ、すごい景色だね!」
彼が声をあげる。本殿前からは比叡山が望め、すばらしい見晴らしなのである。
今日、私が彼に見せたかった「京都」のひとつがこの眺めだ。

しばらく休憩したら、杉林の中をハイキング。牛若丸が天狗を相手に武術の稽古をしたという「木の根道」を一時間ほど歩くと、大きな朱色の鳥居が見えた。
「あれが貴船神社。縁結びで有名なの。和泉式部も夫が心変わりしたとき、ここにお参りして夫婦仲が円満に戻ったんだって」
「へええ、霊験あらたかな神社なんだね。じゃあおみくじでも引いてみようかな?」
「そうそう、ここのおみくじは名物なんだよ!」

箱の中から選んだ一枚を見て、彼が愕然としてつぶやく。
「俺の、なにも書いてない。白紙だ……」
これって縁起悪いんじゃないか、と言いたげな顔をしているので、あわてて説明する。
「あはは、大丈夫。それはね、『水占みくじ』って言って、境内の霊泉に浮かべると文字が浮かび上がってくるおみくじなの」
「なんだ、びっくりしたなあ!……あ、ほんとだ。おっ、中吉」
「大吉の次にいい結果じゃない。なになに、『願望、念ずれば念ずるほど叶う』だって!」

広大な境内をのんびりと散歩する。参拝客もちらほらで、時が止まっているかのような静けさだ。それにここは山あいなので、とても涼しい。
時計を見るとまもなく午後五時。
「ねえ、おなか空かない?」
彼に声をかける。
「そうだね、けっこう歩いたもんね。川沿いにお店が並んでたから行ってみようか」
「実はね、もう予約してるの。川床って知ってる?」
渓流の上に板を渡して作られた桟敷でせせらぎを聞きながら食事を楽しむ、京の風物詩「川床」。これが彼に見せたかった「京都」のふたつめだ。
鮎の塩焼きにハモ落とし、賀茂ナスの田楽に冷やしおぼろ豆腐。ちょっぴりぜいたくな会席料理に舌鼓を打つ。あー、幸せ。

「京都の夏は厳しいから、ああして視覚からも涼を求めるんだね。風流だったね」
店を出て、叡山電鉄の貴船口駅に向かって歩く。すっかり日は暮れ、楽しかった一日ももう終わり……。
でも実は、この道すがらが今日のメインイベントなのだ。

暗闇にふわりふわりと光が瞬く。
「あれ、もしかして……?」
「うん、そこの三角形の岩が『蛍岩』。このあたりが一番たくさん見えるの。でもね、不思議なことに毎年決まって七夕の日がホタルの乱舞のピークなんだって」
「へええ、七夕かあ……って今日じゃない!?」
やっと気づいた?この幻想的な情景を見せたくて、あなたと見たくて、今日ここに来たんだよ。


私が誰かを京都案内するとしたら、こんな感じかしらん。「誰か」というのを女友達ではなく、男性で妄想する(男性ごと妄想する)あたりが実に私らしい。
貴船神社はむかし真夜中に肝試しで行ったことがあるけれど、鞍馬寺はないし川床体験もないから、想像の世界。でも、その場所には木の根道も水占みくじも蛍岩も本当にある。
いつか、答え合わせに行きたいなあ。