先日、六月まで勤めていた会社の同僚たちとの月一の食事会があった。
いまいち体調がよくないのでどうしようかと迷ったのだが、しばらく顔を見ていないしなあと思い直して出掛けたら、会うなりうちのひとりに「風邪?」と言われた。
「うん、喉が痛くて。ゆうべ扇風機つけたまま寝たから」
「そらあかんわ。昔、『扇風機つけたまま寝たら死ぬ』って母親に言われんかった?」
思わずふきだす。どこの家の子どもも親に言われることは同じなんだなあ。
というわけで、それをつけっぱなしにしたのは私ではない。夫がタイマーが切れると無意識のうちにまたスイッチを入れる……を朝方まで繰り返したようなのだ。
彼は異常な暑がりである。太っているわけでもないのにやたら汗かきで、夏場は「暑い」以外の言葉を忘れたんじゃないかと思うくらい、口数が激減する。本当に、しなびた青菜のようになってしまう人なのだ。
私自身も暑いのは大の苦手だけれど、夏が嫌いなのはそのせいだけではない。この時期は夫の機嫌がすこぶる悪くなるからだ。
今朝など、駅で私の電車が先に来たのでじゃあねとちょっと手を握ったところ、即座に「暑いっ!」と振りほどかれてしまった。なにもそんなふうにすることないじゃない!とぷりぷりしながら電車に乗り込む私。
くだらない夫婦ゲンカが増える夏は本当に憂鬱な季節だ。
* * * * *
……という愚痴を中華を食べながらこぼしたところ、「うちはそれで寝室を分けたんよ」と声があがった。
夫がやはり極度の暑がりでクーラーをがんがんに効かせて寝るため、冷え性の彼女は常に体調がすぐれなかった。それで風邪をこじらせた数年前、実験的に別々に寝てみたら、その快適さに感動したらしい。夏のあいだだけのつもりだったのだが、一度知ってしまった快眠は手放しがたく、以来元の寝室には戻っていないそうだ。
夫婦仲に問題がないのに妻と夫が別室で寝るということをいままで考えたことがなかったので、私はかなり驚いた。
しかし、さらにもうひとり、「うちも別。子どもが生まれたときにだんなが隣りの部屋で寝るようになってそれからずっとやから、もう十年以上になる」と言い出したではないか。
「子どもがひとりで寝るようになったらまた一緒に、とは思わんかったん?」
「ぜんぜん。だっていびきうるさいし、だんなトイレ近いから安眠できへんねんもん」
ひとりで眠る快適さは私もよくわかる。夫は出張が多いため、私はウィークデーはたいていひとり寝であるが、夫が隣りにいる週末とは眠りの深さが明らかに違う。
私は神経質な人間ではまったくないが、眠るときだけはちょっぴり注文があって、部屋は電気を完全に消した真っ暗な状態でなくてはならない。そして、枕元に置く目覚まし時計は秒針がコチコチ音をたてないものでないとだめ。カーテンが開いていたりテレビがついていたりすると、なかなか寝つけない。
そんな私なので、夫が寝返りを打ったり扇風機のスイッチを入れるために体を起こしたりするたびに半分目が覚めてしまうのである。夜中に時計を見るようなことは、ひとりで寝ているときにはまずないことだ。
しかしながら、「別々に寝たらどうかしら?」という発想はしたことがなかった。思えば不思議である。六人中ふたりが寝室を分けているというのは、けっこうな確率ではないだろうか。
ここで素朴な疑問が湧く。そんなふうにして、なにかと不都合はないのかしらん?ほら、たとえばさ……。
すると、彼女たちは口を揃えて言った。
「ないない、もうそんなことせえへんしー」
そ、そうですか。
「小町ちゃんも寝室分けたら?そりゃあ熟睡できるでー」
ふたりから、「快眠友の会」への入会を勧められる。
うん、そうだろうなあ。それに、ひとりで寝るようになったら都合がよいことは他にもある。
私はかなり早起きなので、毎朝ベッドを出るのにひと苦労している。揺らさないようきしませないよう、何分もかけてゆっくりゆっくり抜け出す。それでも時々信じられないようなところに足があって、踏んづけたりしてしまうのだけれど、寝室が別だったらそんな気を遣うこともない。
……とは思うものの。
たしかに眠りはプライベートなものなのであるが、そこまで実(じつ)を取るのも少々寂しいなあという気がする私。布団に入ったらとくに何を話すでもなく寝てしまうけれど、同じ空間で眠る、それだけでも共有できるものがきっとあると思う。
ただ、顔の上に鉄拳が振り下ろされたり寝返りを打った彼の下敷きにされるたび、
「だけどベッドは別々にしておくべきだった……」
とは本気で思うけれども。