過去ログ一覧前回次回


2005年04月27日(水) 真夜中の訪問者(前編)

早朝に電話がかかってくると「身内に何かあったのか?」とどきりとするものだが、深夜のチャイムというのも負けず劣らず心臓によくない。
数日前のこと。午前零時を回り、そろそろ寝ようかなあと思っていたら、突然“ピンポーン”の音が部屋に鳴り響いた。
こんな時間に知り合いが訪ねてくるわけがない。いったい誰……?

「ハンコお願いしまーす」
「消防署のほうから来ました」
「お宅のテレビの音がうるさい!」

どれであるわけもないとは思うが、しかし他に何があるだろう?夫がいたら出てもらうのだが、あいにく週末まで出張中。しばらく部屋にうずくまって息を殺していたのだけれど、「いるのはわかっているんだ」と言わんばかりにチャイムがしつこく鳴らされる。
いやだ、誰なの、怖い、どうしよう……!
パニックになりかけながらも、一向に止まないこの音こそ近所迷惑になるのではと思った私は、勇気を振り絞ってインターホンに出てみることにした。
わざと怒ったような声で、「はい」。……すると。

「帰ってきたよ〜」

あまりにも能天気な声を聞いて安堵したら、だんだん腹が立ってきた。帰ってくるなら電話くらいしてよ!と思わず声を荒げたら、「突然帰ってきちゃまずいことでもあるのー?」と夫。
そりゃあ慌てて玄関の靴を隠したり、便座を下ろしたりしなくてはならないようなことはないけれど、こんな時間にチャイムが鳴ったらびっくりするでしょうが。おかげで寿命が三日縮んだわっ。
とぷりぷりして言いながら、思い出した出来事がひとつ。


七年ほど前、ワンルームマンションでひとり暮らしをしていたときの話だ。
いまにも日付が変わらんとする時刻に仕事から帰宅すると、五分と経たぬうちにチャイムが鳴った。
ドアの覗き穴で見ると若い女性が立っている。誰?こんな時間に何の用?恐る恐るインターホンに出た。
すると、消え入りそうな声で「あの、ちょっと出てきてもらえませんか……」と返ってきた。

「どちらさまですか?」
「ちょっと出てきてください、お願いします……」

全身に鳥肌が立った。だって想像してみてほしい。深夜に見知らぬ女性がまるで自分の帰宅を待ちかまえていたかのようなタイミングで家にやってきて、おもてに出てきてくれと繰り返すのである。
ここでぱっと思い浮かぶのは「自分が誰かの恋人を奪い、その彼女が乗り込んできた」というシチュエーションだが、幸い身に覚えはない。
少し強気になった私は不信感をあらわにして、もう一度名を尋ねた。すると彼女はようやく「五〇三号室に住む者です」と名乗り、あら、お向かいさんだったのとちょっぴり安堵した。
……のも束の間、インターホンの向こうから嗚咽が聞こえてきたからびっくり。

私の言い方、そんなにきつかったかと慌ててドアを開けると、真っ赤に泣きはらした目をした同じくらいの年の女性が立っていた。
隣人とはいえ、顔を見たこともなければ口をきいたこともない。訪ねてきた理由が想像できず、「こんばんは」と言ったきり二の句を継げないでいると、彼女は声をあげて泣きはじめた。そして、初対面の私に絞りだすように言った。

「わ、わたし、いまひとりでいられなくて、誰かに一緒にいてほしくて……。私の部屋に来てもらえませんか、お願いします、お願いします」 (つづく