男性がラーメンにすりおろしにんにくをどっさり入れるのを見たとき、お好み焼きに青海苔をためらいなく振りかけるのを見たとき、「男の人っていいなあ」とちょっぴり思う。
彼らはそのにんにくなり青海苔なりの入った容器をハイとこちらに回してくれる。それがさも当然という感じなので、私は受け取りながら一瞬迷う。
「今日はかけてみようかな?」
でも、結局いつも蓋を取ることのないままそれをテーブルの上に戻す。
「そんなの気にしなくていいのに」と言われても、にんにくくさい息や歯についた青海苔はやっぱりどうしても恥ずかしい。
* * * * *
一方、女のほうが得をしているなと思っていることもある。
たいていの場面では、女性は泣いても“女々しい”とは思われない。つまり、ほぼ好きなときに自由に泣くことができることだ。
読売新聞が管理する女性向けサイト「大手小町」の掲示板の中に、こんなトピックを見つけた。
先日彼の誕生日だったので、「おめでとう」とメッセージを入れたケーキを持ってアパートを訪ねたら、「今まで生きてきてこんなに感動した誕生日はなかった……」と泣かれてしまいました。 こんなに喜ぶのなら毎年ケーキあげますけど、泣くほどの事かなーって思いますよね?彼、三十六歳なんですよ?高級時計も車も何でも買える人がケーキに泣く? 実は精神的に弱い人なのでしょうか?結婚も考えているので気になります。男心のわからない私に教えてください。 |
「こんなに喜ぶのなら毎年ケーキあげますけど」という言い方や「高級時計も車も買える人なのに」という発想に、この女性は情の機微にちょっと疎い人なのかな?という印象を持ったものの、しかしもしこれが立場が逆、つまりケーキをもらって泣いたのが女性だったら、このようなトピックは立たなかっただろう。
その涙もろさは「かわいい」とプラスに評価されこそすれ、「精神的に弱いのか?」なんて相手に考え込まれることはなかったはずだ。
「男はそうめったに泣くもんじゃない」
これはおそらく女性からの一方的な要求や偏見ではない。そう思っている男性もかなり多いのではないかと私は踏んでいる。
というのは、私は男性が泣いているところをほとんど見たことがないからだ。実家の父も夫も冠婚葬祭のシーン以外では涙を見せない。過去にお付き合いした男性にもドラマや映画を見ながら鼻をぐすぐす言わせたり、別れ話をしている最中にハンカチが必要になったりした人はいなかった。
子どもの頃、私が周囲の大人から「女の子なんだからお行儀よくしなさい」的なことを何度となく言われたように、男性は「泣いちゃだめ、男の子でしょ」と言われながら育つのかもしれない。そして、自然と「男が人前で泣くのは恥。そんな姿は人には見せまい」と思うようになるのではないだろうか。
「大の男がケーキで泣くか?」のトピックに、こんなコメントがついていた。
「男だって泣きたいことはいっぱいある。でも、『男は泣かない』という女性からの期待(圧力とも言う)で泣けないもんなんだよ。理解してください」
最近、男性のそういう部分を不憫に思ったことがあった。今月初めに夫の祖母が亡くなったのだが、湯灌が終わりに近づいたとき、息子のひとりが突然おいおいと声をあげて泣きだした。堪えて堪えてしていたものがついに堰を切って流れ出した、という感じだった。
私はそのとき、「男の人っていうのは、親が亡くなっても人目をはばからず泣くこともできないんだな……」と悲しく思ったのだった。
さて、上記のトピックがどうなったかというと。
「男は泣いてはいけないなんて男女差別です」
「無感動で泣かない男の方が精神的に強いと本気で思ってるの?」
「感激して泣けるなんて心豊かな男性じゃないですか。あなたは情がわからない人ですね」
といった、発言主の女性に批判的な意見が相次いだ。不思議はない、いまの時代、年配者ならいざ知らず私と同年代で「男はどんなときも泣いちゃいけない」「恋人の前で涙を見せるなんて男らしくない」と考えている人はそうはいまい。
多勢に無勢という感じで、この女性はどう出るんだろう……とどきどきしながら読み進めたところ、初投稿から二週間後の日付で彼女からこんなコメントがついていた。
昨日、プロポーズを受けました。その言葉の中で、彼が今回の事をこう言っていました。 「競争ばかりの社会の中で人間不信になりそうだった。お前みたいに平和そうな顔して、計算なく過ごせたらどんなにいいか。ケーキありがとうな。俺、ケーキひとつ持って玄関にニコニコして立ってたお前見てたら泣けてきて・・・」 【大の男がケーキで泣くか?】なんてトピックを立てたことが、いまとても恥ずかしいです。彼に申し訳ない。消しゴムで消せるものなら消したいです。 反省することができたのも皆さんのおかげです。本当にありがとう。 |
「三十六の男がケーキで泣く?」と発言したときのかわいげのなさはどこにもない。みなもそう思ったのだろう、掲示板の雰囲気は和み、以降は「おめでとう!」「お幸せに」という祝福のコメントが続いていた。
「この人、トピック立ててほんとによかったなあ……」
そうつぶやきながら、ほろり。
言い忘れていたが、私はかなり、涙もろい。