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2005年02月18日(金) それは夕食のおかずになるか

会社の定時は二十一時。そのため、同僚たちは毎日自分より先に帰宅する夫と子どものために夕食の支度をして出勤してくる。
私の夫は月曜の朝に「行ってきます」を言ったら、「ただいま」は金曜の夜遅くになる人なので、私が夕食の作り置きをして家を出てくることはない。が、休憩時間に彼女たちが「カレー作ってきたわ」「面倒だったから、鰻の蒲焼買っといた」なんて話すのを聞くのはよその家のごはん事情を垣間見ることができて、けっこう楽しい。

さて、昨日は驚いた。うちのひとりが「今日はうちはたこ焼きよ」と言ったからだ。
ご存知の通り、関西人とたこ焼きは切っても切れない関係だ。「一家に一台たこ焼き器がある」という噂もあながちおおげさではないし、たこ焼きパーティー(通称「たこパー」)をしたことがある人も少なくないだろう。
しかし、さすがに夕食にたこ焼きという話は聞いたことがない。
「ええっ、たこ焼きを夜に食べるん!?」
「うん。おかしい?」
すると、その場にいたもうひとりも「うちも夜にたこ焼きするで。お好み焼きのときもある」と言うではないか。
「だんなさんは怒らん?なんで夜にこんなもんが出てくるんじゃー!とか」
「そんなん言われたことない」

へええ!子どもはともかく、夫からも文句が出ないとは。
関西で生まれ育って三十余年の私であるが、たこ焼きやお好み焼きというのは週末の昼ごはんであると信じて疑わなかった。「家庭が変わればそれらはれっきとした夕食の献立になるのだ」という発見は、私に小さからぬショックを与えた。
私の夫は味にはまったくうるさくないが、夕食になにが出てくるかについては無頓着ではない。なにを出したからといってちゃぶ台を引っくり返されるようなことはもちろんないが、たこ焼きとお好み焼きが夕食として可か不可かは訊くまでもない。



林真理子さんのエッセイにこんな話があった。
ある日の夕食をおでんにしたところ、夫は席に着くなりむっとした顔で、「おでんなんておかずじゃないよ、まったく。ちゃんとした家庭料理を食べさせてくれよな」。
もちろんそれはコンビニで買ってきたものではない。米のとぎ汁で大根を下茹でし、うんといい昆布でダシをとって作ったものである。北風の中、スーパーに買い物に行き、原稿を書きながら煮込んだのよ……。
林さんの目から涙がはらはらとこぼれ落ちたそうだ。

実は、私の夫もそうなのである。今夜はおでんにしようかなと言うと、あまりいい顔をしない。理由は「おでんは酒の肴。ごはんのおかずではない」というものだ。
味のしみた大根や玉子がおかずにならないなんてわけがあるだろうか。現にうちの会社の社員食堂には「おでん定食」がある。が、彼は「おでんでごはんは食べられないよ」と言い張る。
じゃあおでんの日はごはんが進んで困る私はいったいなんなの。たしかにお酒にも合うだろうが、ごはんとの相性だって悪いはずがないのである。

そしてわが家にはもうひとつ、夕食の主役を張らせてもらえないかわいそうなメニューがある。それは「コロッケ」。
これはおでんとは少々事情が異なる。ごはんとの相性うんぬんの問題でなく、それが持つ“B級グルメ”というイメージのせいだ。夫は「昼に食堂で食べるのならいいけど、晩ごはんのメインがコロッケっていうのはわびしくて嫌だ」と言うのである。
たしかに、コロッケにごちそう感はない。しかし、夜の食卓にそれが大きな顔して出てくる家庭に育った私にはまるで抵抗はなく、みじめな気分になることももちろんない。

しかしながら、夕食にコロッケが歓迎されないということについては、私は自分の分が悪いことを知っている。
フード業界の会社に勤めていた頃、サラリーマンをターゲットにした弁当の企画を担当したことがある。営業部にその品揃えを提案したところ、「コロッケ弁当はランチタイムのみの販売にしたい」と返ってきた。
「夜を弁当で済ませるということだけでもわびしさがあるのに、その上にコロッケは選ばない」
と言われ、そうだろうかと首をひねった私だが、その後届いた夕食の献立についての市場調査の結果を見て驚いた。「唐揚げやミンチカツはメインディッシュになるが、コロッケはならない」という回答が三割強存在したのである。

* * * * *


あなたの家ではどうだろう。たこ焼き、お好み焼き、おでん、コロッケ(夫はこれに加えて丼物もノーである)は夕食のメインとして承認されているだろうか。

ところで、私は夜にパンというのは抵抗があるのだが、グラタンとクリームシチューのときだけはごはんをよそいながら「なにかが間違っているのではないか」が胸をよぎる。
ごはんと牛乳、栄養満点、相性ばっちり!と開き直りたいのはやまやまだけれど、小学生の頃、給食がごはんの日は牛乳を残すクラスメイトがけっこういたことを思い出し、いつも悩む。