2005年02月16日(水) |
「自分は悪くない」の精神 |
週刊誌で、渡辺淳一さんの「『恥ずかしがり』の文化」というタイトルのエッセイを読んだ。
その中で、渡辺さんはアメリカに四十年住んでいる日本人女性から聞いたという、こんな話を紹介していた。
その知人の女性が帰国中にレストランで食事をしていたら、テーブルのそばを通りかかった女性客が突然転んだ。ぺたんとお尻を床につけて座り込み、バッグは脇に飛んでしまっている。
周囲の客は驚いて一斉に彼女のほうを見、ウェイターは慌てて駆けつけ助け起こそうとした。しかし、彼女は「すみません」と謝りながら自分で立ち上がると、レストルームに消えた。
その様子を見て、渡辺さんの知人は「『なんてバカなことを・・・』と驚き呆れてしまった」という。
さて、みなさんにはその理由がおわかりになるだろうか。わかればアメリカ人、わからなければ日本人、ということになる、と渡辺さんは書いているけれど。
* * * * *
では、答え合わせ。
知人の女性曰く、「こういうとき、絶対すぐに起き上がってはいけない。『いたたたた・・・』と唸って、そのまま倒れているべきだ」。
ウェイターが飛んできたら、恨めしげに床を見つめながらなにか滑るものがなかったか探す。怪我はどうかと訊かれたら、痛そうに顔をしかめぶつけたところに手を当てる。
「あんなふうにはね起き、恥ずかしそうに逃げて行ったら、転んだのは自分のせいだと言っているようなものでしょう」
つまり、床に水がこぼれていたとか、つるつるに磨かれ過ぎていたとか、ハイヒールのかかとがフローリングに引っかかったとか、自分が転んだのは相手に原因にあるという態度を取るべきだ、でなければあとでどこかを傷めたことがわかったときに不利になる、というわけである。
「何事もまず、『自分は悪くない』ということをアピールする。これがアメリカ社会の生き方よ」
この言葉で思い出したことがある。
以前あるバラエティ番組で、日本人初のNFLのチアリーダーとなった三田智子さんという方が、
「渡米して間もない頃に、『肩がぶつかってもすぐにはアイムソーリーと言うな。事故を起こして、たとえ自分が悪くても謝るな』と教えられた」
と話していた。帰国してからもその“謝らない”習慣は直らず、車をぶつけたときも謝るどころか、「私は悪くないのよ」と逆ギレしてしまったという。
渡辺さんの知人が驚き呆れた理由を、私は「アメリカに長く住んでいる女性から聞いた話」という情報をヒントにかろうじて当てることができたが、日本の女性が転んだときのリアクションとしてもっとも多く見られるのは間違いなく、この「自力で起き上がり、レストルームに駆け込む」というパターンであろう。たとえ擦り傷をつくったり服を汚したりしていても、きっと彼女は薄笑いを浮かべている。
恥ずかしがり屋の日本人に店中の人の視線が集まる中、「床にへたりこんだまま、ウェイターに『いたたたた・・・』と訴える」なんてパフォーマンスができるとは思えない。
それにもしそんなことを実践したなら、周囲の客から「自分で勝手につまずいたんじゃないか。当たり屋ならぬ、転び屋か?」とうさんくさい目で見られるに違いない。
日本人はシャイで照れ屋だとよく言われるけれど、私はこれに「お人好し」を追加したい。
ありがとうと言うべきシーンで「すみません」を口にする人は驚くほど多いが、これは相手に対する感謝より「自分のために手数をかけさせて申し訳ない」という気持ちが先に立つためではないだろうか。
あるいは。受けた好意やサービスに対し「ありがとう」の一言で済ませるのには少しばかり勇気が必要なのかもしれない。電車で席を詰めてもらったとき、エレベーターから先に降ろしてもらったとき、「それを当然だと思っているような傲慢な人間だと思われやしないだろうか」というささやかな恐れが「すみません」を選ばせるのではないか。
謙虚であることが好ましいとされる国で育ってきた人がそういう思考を持ったとしても、ちっとも不思議ではない。
見当違いの要求やとんでもない責任転嫁をする人はもちろん日本にもいる。PL法(製造物責任法)施行以後、企業はこぞって製品に過保護な表示を入れるようになった。アイスクリームの包み紙に「長時間持つと手が冷たくなります」なんて書いてあって、びっくりすることもある。
それでも、相手に責任をなすりつけるということにおいては、「肥満になったのはハンバーガーの食べ過ぎに注意するよう警告しなかった企業の責任だ」と子どもたちが集団で訴訟を起こす国にはまだまだかなわないと思うのだ。
国民性を揶揄する、こんなジョークがある。お題は「注文したビールに虫が浮いていたら」。
アメリカ人は「訴えてやる!」と店を飛び出し、
イギリス人はウェイターを呼びつけ、取り替えさせる。
ドイツ人は虫を観察し、「消毒になっているから大丈夫」と飲み、
中国人はそれに気づかず飲み干す。
では、日本人は?
「飲まずに黙ってお金を置いて帰る」
おお、うまいこと言う!
・・・この中で一番情けないじゃあないか。