2004年10月22日(金) |
彼らはマニュアル人間か |
前回の日記に登場した「お子様ランチ」のエピソードを聞いた、職場の朝礼でのこと。話をした上司が同僚のひとりに感想を求めたところ、彼女は「さすがディズニーランド、すばらしい」という内容のことを口にしたあと、こんなひとことを付け足した。
「マクドとは大違いですよね」
その瞬間、私のあたまの中にクエスチョンマークが浮かんだ。発言の意味が理解できなかったのではない。彼女はマクドナルドの店舗における画一的な接客を皮肉ったのだ、ということはわかっている。私が首をかしげたのは「不思議なことを言うものだなあ」と思ったからだ。
マクドナルドのそれは、「型にはまった」「機械的な」接客サービスの代名詞のように言われている。
「ハンバーガーを五十個注文しても、『店内でお召し上がりですか?それともお持ち帰りですか?』と訊かれる」
という揶揄をあなたは聞いたことがあるかもしれない。そこで働く人間はマニュアル通りの接客しかできないというイメージが、少なからぬ人たちの中に定着しているようだ。
しかしながら、こういう評価を耳にするたび私は心の中で問いかける。では、あなたがたはいま以上のどんなサービスを彼らに求めているのですか、と。
マクドナルドはファーストフード店であり、「客を待たせず注文の品を渡すこと」が大原則だ。加えて、そこでは客がそれを自分で席まで運び、食べ終えたらトレイを片づける「セルフサービス」が基本となっている。すなわち、客と店員がコミュニケーションを図る機会はきわめて少ないということだ。
商品を客に手渡すまでの一分ほどのあいだに、カウンター越しに“プラスアルファのサービス”を提供するチャンスがいったいどれだけあるだろう?いやそれ以前に、そこに提供を望まれるプラスアルファなどあるのだろうか。
客を席へ案内することも、お冷のおかわりを注ぎに店内を回ることもない。注文時以外に店員が客と言葉を交わすといえば、テーブルを拭いたりイスを整えたりしているときに席を立った客がいたらトレイを受け取りながら礼を言う、そのくらいのものではないか。
同じ接客業であってもディズニーランドのキャストやホテルマンのような、マニュアルを越えて“アドリブ”を必要とされる場面ははじめから圧倒的に少ないのである。そして、私たちはレストランで食べるよりもずっと安い価格で商品を提供してもらうことを条件にそのことを了解しているはずだ。
合理性の追求が「ファーストフード店としてのCS」につながるマクドナルドにおいて、そのオペレーションやトークが金太郎飴だなんだと言うのは、立ち食いそば屋で「ここのはちっともそばの香りがしないぞ!」と文句を言うのと同じくらい勘違いなことではないだろうか。
たしかにそこには数多くのマニュアルが存在するに違いない。が、それは“夢と魔法の王国”でも同じことだ。キャストの動きまでもショーの一部と考えるディズニーランドでは、持ち場ごとに緻密なマニュアルがある。切符売り場の係として採用された人は配属前に二週間の研修を受けなければならないし、カストーディアルと呼ばれる園内掃除の人たちはトイブルーム(ほうき)とダストパン(ちりとり)の持ち方、ゴミの掃き方、床に落ちたアイスクリームの拭き取り方まで指導されている。
あの行き届いたサービス、きめ細かい配慮はキャストの資質に頼った結果ではなく、彼らが完璧にマニュアルをマスターした上に成り立っているものなのだ。
「マクドナルドの店員は笑顔までマニュアル化している」
なんて声を聞くと、そこまで穿った見方をすることはないではないかと言いたくなる。それとも、そういう人たちはディズニーランドでもやはり「あのつくり笑顔は不気味だ」と思うのであろうか。
マクドナルドのクルーは業務中にアドリブを鍛えられる機会に出会うことは少ないかもしれない。が、だからといってマニュアルに従っているうちに思考能力を奪われてしまったかのように言うのは失礼である。ハンバーガー五十個の客に「お召し上がりですか?」と尋ねるクルーがいるとするなら、彼はどこで働いていてもたぶん同じだ。
「マニュアル通りの接客」以上のものが求められる場面が少ないために、私たちはそれを目にする機会がない----単にそういうことであろう。
いまだかつて、私は国内のマクドナルドで不愉快な思いをしたことがない。
どこの店舗のクルーも礼儀正しくきびきび動き、ハンバーガー一個の客にも笑顔を惜しまない。高校生アルバイトを見ては「七百五十円かそこいらの時給で、本当にけなげによく働くよなあ」といつも感心する。コンビニやファミレスの同世代のアルバイトと比べても、まじめさ、感じのよさは段違いである。
十年前、私が就職活動をしていた頃はマクドナルドでアルバイト経験があると有利だと言われていた。真偽のほどはわからないが、私はさもありなんと頷く。
先日の台風の夜、仕事帰りに持ち帰りしたてりやきマックバーガーに髪の毛がはさまっていた。二百円を捨てるのは悔しいなと思い、閉店五分前の店に電話をかけたところ、元気のよい若い男の子はすまなさそうに謝ったあと、「これからご在宅でしょうか」と言う。
時刻は二十三時、外を猛烈な雨風が吹き荒れていることは客足の鈍さでわかっていたであろう。しかし、彼は電話を保留にして誰に相談しに行くこともなく、「よろしければこれからお届けにあがりたいのですが」と言った。
「そのうち寄せてもらいますから」と電話を切ったあと、私はすごいなあとつぶやいていた。
これを「『クレームが入ったらすぐに駆けつけろ』というマニュアルがあるんだろう」というふうには、私は思わない。
【あとがき】 学生時代、マクドナルドのすぐ裏のマンションに住んでいました。外出しようと部屋を出るとドライブスルー担当のクルーの元気のよい声が聞こえてきて、とても気持ちがよかったです。私はマクドの店内(雰囲気)にディズニー・マジックと似たものを感じているのです。 |