2004年10月16日(土) |
マニュアルを越えたところに |
最近、『ディズニー7つの法則』という本を読んだ。フロリダのウォルト・ディズニー・ワールドの舞台裏を描いたものだ。
CS(顧客満足)についての話の中で上司が引用した、東京ディズニーランドで実際にあったというエピソードに心を打たれた私は帰り道、ディズニーについて書かれた本を探したのである。私の足を書店に向かわせたのは、こんな話だった。
ランド内のレストランに若い夫婦がやってきた。「お子様ランチをふたつください」と言われ、アルバイトの青年はちょっと困った。なぜなら、それは九歳以下の子どものためのメニューだったから。こういう場合、マニュアルでは子ども用であることを伝え、お断りすることになっている。が、青年はふと思い立ち、どうしてお子様ランチなのか、よかったら訳を聞かせていただけませんかと声を掛けた。
「死んだ子どものために注文したくて」
女性の言葉に青年は絶句した。
「今日は一歳の誕生日を待たずに死んでしまった娘の一周忌。それで大きくなったら連れて行こうと話していたディズニーランドに来たのです。そうしたらこのレストランにお子様ランチがあるとマップに書いてあったので、思い出にしようと……」
青年は「わかりました」と答え、夫婦のテーブルに子ども用のイスをひとつ追加した。そして、「子どもさんはこちらに」と女の子が本当にそこにいるかのように小さなイスに導いた。
しばらくして運ばれてきたのは三人分のお子様ランチ。青年は「ご家族でごゆっくりお楽しみください」とあいさつして、その場を立ち去った。
後日、その夫婦からランドに手紙が届いた。
「お子様ランチを食べながら涙が止まりませんでした。まるで娘が生きているかのように家族の団らんを味わいました。こんな体験をさせていただくとは夢にも思いませんでした。ふたりで涙をふいて生きていきます。そして二周忌、三周忌にはきっとまた娘を連れて遊びに行きます」
朝礼中に目をしばたたかせていたのは私だけではなかったと思う。その場所以外では起こりえないであろうエピソードは、先述の本の中にもたくさん出てきた。
スペース・マウンテンで私たちの番が回ってきたとき、子どもがアイスクリーム・コーンを食べ終えていませんでした。それを持ったまま乗ることはできません。困っていたら、キャスト(従業員)の女性が近づいてきて、娘にこう言いました。 「おねえさんがそれを持っててあげる。乗り物を降りたら返してあげるから」 アトラクションを楽しみ、出口のほうへ歩いていくと、さきほどの女性がアイスクリームを持って立っていました。 でも、おかしいと思いませんか?フロリダの夏の午後、それが二十分も溶けないでいるなんて。 そう、彼女は私たちが出てくる三十秒前に近くの売店で新しいアイスクリームを買い、待っていてくれたのにちがいないのです。
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私はこれらの話に登場するキャストの“機転”に驚き、感服してしまった。
たまたま彼らが特別優秀なキャストだったというわけではない。「積極的にフレンドリー」が全キャストの合言葉。困っているゲスト(来園者)を見かけたら、どんな仕事をしていても手を休めて駆けつけ、全力を尽くすよう徹底的に教育されているため、こういうことはちっともめずらしくないのだという。
ゲストの気持ちを瞬時に察し、自分の取るべき行動を決定する----「すべてのゲストを笑顔にしたい」という思いが、彼らの“アドリブ力”を育てているのだろう。
しかし、そういう気持ちがあればさえこのような対応が実現するかというと、そうではない。「マニュアルにないこと」を個人の判断でしても許される風土があってはじめて可能になるのだ。
風船を飛ばしてしまい、しょんぼりしている子どもに新しい風船を手渡したり、カメラのシャッターを押してあげたカップルから新婚旅行中でこれから園内のレストランで食事をする予定だと聞いて、「全キャストから心を込めて」というメッセージを添えた花束を席に届けたり。ふつうの会社でこんなことをしたら、上司から「代金は君が負担したまえよ」と言われてしまうにちがいない。
「マニュアルを越えたところに感動がある」
これは東京ディズニーランドを経営する「オリエンタルランド」の堀貞一郎相談役の言葉。お子様ランチの夫婦からの手紙はすぐに掲示板に張り出され、コピーがキャストたちに配られたそうだ。
ひたすらゲストに尽くせばよいというものでないのはもちろんである。しかし、そこを訪れる人の九十七・五%がリピーターで(そのうちの六割が十回以上のヘビーリピーター)、リゾート産業氷河期と言われる今日においても来園者数を伸ばしていると聞けば、「できることとできないこと、すべきこととそうでないことの見極めが重要である、うんぬん」などとしたり顔で口にする愚を知るというものだ。
【あとがき】 ディズニーランドで働く青年たちを見て、特別心がきれいで、特別笑顔がすてきな若者ばかりが集められているのだ……というふうには思いません。あの場所に足を踏み入れると、ゲストだけでなくキャストたちもディズニー・マジックにかかってしまうのでしょう。実際、東京ディズニーランドの採用試験はそれほど厳しいものではないそうです。しかし、入社後の研修はそれはもう徹底的に行われる。守らねばならない約束事やマニュアルも多い。そうでしょうね、でなければあのクオリティはありえません。 |