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2004年03月22日(月) 仕事と男性

出かける準備をしていたら、電話が鳴った。長くなると困るな、と一瞬迷ったのち子機を掴むと、出張中の夫であった。
まあ、こんな時間にかけてくるなんてめずらしい、傘持って行かなきゃ!なんてつまらぬことを言いかけたら、受話器の向こうから弾んだ声が聞こえてきた。
「四月一日付けで○○になることになったよ」
○○にはある役職名が入る。彼は最年少でそのポストに就くことを目標にしていたのだが、叶ったらしい。
「ほんまかあ、よかったなあ」
胸に熱いものが込み上げる。同年代の男性で夫ほど仕事に対して前向き、かつ貪欲な人を私は見たことがない。少し前に義弟が遊びに来たのだけれど、仕事はどう?と尋ねたら、「面白いよ。人生の半分を費やすのに面白がってやらなきゃ損じゃん」とあっけらかんと返ってきて、やっぱり兄弟だなあと思ったものだ。
夫は愚痴や弱音を吐かない人だ。万が一のときのサインは見逃してはならないと思っているが、生き生きとして見えるうちはそう心配することはないのだろう。

その昔、いいなと思う人ができると、私は彼の過去の恋の話を聞きたがったものだ。その人がどういう人間であるかを掴むには恋愛観をチェックするのがもっとも手っ取り早いと考えていたからだが、いつ頃からか仕事に対するひたむきさや誠実さにも注目するようになった。それへの取り組み方と人生に対する姿勢には相通ずるものがあるような気がするのだ。
そんなわけで、私は男性から仕事の話を聞くのが好きだ。先日、友人とメッセンジャーで話しているときにもそんな機会があった。
このところちょっぴり元気をなくしている彼は、「私のやってきたことっていったいなんだったんだろう」としょんぼりつぶやいた。二年半もの付き合いになるにもかかわらず、仕事の話をまともに聞くのはこれが初めて。私はかける言葉を探す一方で、「こういう顔、初めて見るなあ」なんて少しばかり新鮮さを感じていた。
「女は男で変わり、男は仕事で変わる」と言われるように、男性の人生における仕事の比重はきわめて高い。会社人生が充実しているか、そこでの未来に希望が持てるか。それは男性にとって恋人がいるかいないか、結婚しているかいないかといったことよりもずっと、自信もしくはコンプレックスになるものではないだろうか。
ふとした拍子に昔好きだった男性を思い出すことがあるけれど、心に浮かぶのはきまって仕事をしていたりそれについて語ったりしているときの彼らの姿だ。「商談がまとまった」「社長賞をもらった」「部下ができた」に私は一緒になって喜び、「企画が流れた」「予算が高すぎる」「上司とそりが合わない」に胸を痛めた。仕事という要素を切り離して彼らとの日々を思い出すことはとてもむずかしい。
「海外研修に行けることになった、同期の中で一番早く!」
その誇らしげな顔を、九年たったいまでも私ははっきり覚えている。

会社の定時は二十一時。エレベーターに乗るといつも途中階から、残業を終えて帰宅する他社の男性がどっと乗り込んでくる。
「ちょっと寄って行きましょか」
「いや、今日はまっすぐ帰るわ。子どもと風呂入るんよ」
そんな会話を聞きながら、私はその人を思い出す。
いまもあの生活がつづいているのだろうか。体は大丈夫なのか。月に一度、いや半年に一度、ううん、年に一度でいい、こんな時間に帰してあげられたら……。
地上に下りるその箱の中で、私は胸が苦しくなる。

【あとがき】
仕事を「テキトー」にやれてしまう人は人生についてもどこかそういうところがあるんではないかと思います。個人的には、それを「お金のため」と割り切って考えている男性も魅力的には映りません。