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2004年03月15日(月) 少年の顔(後編)

前回のテキストからお読みいただけるとうれしいです。

顔写真を掲載した一週間後、「フォーカス」の編集長は「彼のやったことは少年法の枠を踏み越えている。少年の顔を含め、真相をきちんと伝える必要があると考えた」と釈明している。
しかし、いかなる理由をつけようともその行為の是非を問えば、間違いなく「非」だ。被疑者が未成年の場合、少年法第六十一条で「その者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事や写真を新聞その他の出版物に掲載してはならない」と規定されているからである。
掲載されたのが「フォーカス」でなく、新聞であったとしても同じことだ。一出版社、一新聞社にそれが法の枠を踏み越えているかいないかを判断する権限はない。
少年を許さない気持ちと、だから顔写真を公表してもかまわない、とは別の問題である。
しかしながら、行為の是非とそれについての感情、すなわち賛否が一致するとは必ずしも言えないのもまた事実なのである。
正直言って、今回の事件ほど「それは(被疑者の)人権侵害だから」という言葉が耳に虚しく響いたことはない。
それは、「生きる」という人間のもっとも根本的な権利をあのように奪ってもなお、この少年には守られてしかるべきものが残るのだなあという思い。口にするほうも内心は白けているのではないか。
被疑者が二十歳以上であれば住所、氏名、年齢、職業などの情報が公開されるが、未成年の場合は「犯罪者という烙印を押すことにより更生に問題が生ずる」という理由でそれらは非公開となる。プライバシーを保護することが再犯防止につながると考えられているのである。
しかし、私は疑問に思う。法の前に個人は完全に平等であるとされている。社会に戻ったときのために配慮すべき事柄があるとするならば、それは少年だけでなく、成人にも保障されるべきものではないのか。成人には更生の可能性や将来はないというのだろうか。
プライバシーの保護については被疑者が成人であるか未成年であるかに関わらず、一定の基準を設ける必要がある。少年法があくまで被疑者の少年は匿名報道にすべしとするならば、被害者の少年についての情報も伏せられねばならない。
でなければ、「死んだ者には将来がないから晒してもかまわないということか」と受け取られてもしかたがないだろう。

この法律を制定した五十数年前と現代とでは、「未成年」といっても内面の成熟度はずいぶん違っているだろう。「罰する」ではなく、「反省を促し、健全育成を期す」を目的とした少年法ではもはや対処できない、つまり更生を期待できないケースも出てきているのではないか。だとしたら、それは被疑者の少年にとっても不幸なことである。
この事件をきっかけに刑事罰の対象年齢が十六歳から十四歳に引き下げられたことについて、私は妥当だと思っている。それが重大な犯罪であればあるほど、してもよいことかそうでないことかの判断ができる年齢は下がるはずだ。高校生にならないと人を殺すことの善悪がわからない、などということがあるはずがない。
凶悪犯罪の場合は成人と同じように処罰されねばならない。氏名や「顔」の報道についても、本人がしたことの大きさそのままに罪を背負うために必要なことではないだろうか。
被害者の心情を汲んで被疑者を罰することはできないし、決して「重罰を科してこと足れり」とするわけではない。しかし、罪の重さに相応した処分というのは被疑者が更生するために必要なだけでなく、「復讐に走らせない」という意味で被害者の家族を救う役割も担っているのではないだろうか。
山口母子殺人事件の判決を思い出し、私はつくづくそう思う。

「この子、『近畿地方以外』に住むんやってな」
ユミコさんが新聞を畳みながら言う。
「ほら、この子の母親と弟がいま○○に住んでるって言われてるやん?うち、けっこう近いやろ。出てきたらやっぱり一緒に住むんやろかってすごい気になってたんよ。ほっとしたわ」
世間には彼の更生を信じ、温かく見守ってやろうと言ってくれる人ばかりではない。彼は社会に戻ってきてあらためて……いや、初めて、自分のしたことがどんなことだったか身をもって知ることになるだろう。被害者の家族だけでなく自分の家族をも地獄に突き落としたことにも向かい合わねばならない。その中で生きていくことは、おそらく医療少年院での六年五ヶ月とは比べようもないほど過酷なものになる。
しかし、彼は甘んじて受け入れるしかない。彼が奪ったのはお金や物といった、あとから弁済できるものではなかった。その苦しみこそ、償いの方法を持たぬ自分に科せられた刑罰なのだ、と。

※ 参照過去ログ 2004年3月12日付 「少年の顔(前編)

【あとがき】
最近テキストを前・後編に分けることが多いですが、いつも最後まで書いてから「こりゃ長すぎる」ってことで半分に切るんですね。で、今回もそうだったんですけれど、前編の終わりにアンケートをはさんだので、少しばかり気を遣いました。過去に何本かアンケートをして思ったことなんですが、私がどういう結論を持っているかが読めてしまうと、逆の意見が出にくい傾向があるようなので。顔写真掲載に対する賛否については、前編はどちらにも読めないように書いたつもりなんですが、どうだったかしら。アンケートは非常にたくさんの方にお答えいただくことができました。次回、結果発表と紹介をさせていただきます。本当にありがとうございました。