電話の仕事をしていると、身近なところではお目にかかれないユニークな人たちやちょっとしたドラマに出会うことがある。
私はいま、クレジットカード会社でテレコミュニケーターをしている。月末に口座振替ができなかった顧客に、「次回は○日ですので、口座の準備お願いしますね」と案内する業務なのだけれど、なかにはこちらの電話を取りたくない方もおられるようで。
話したくない相手からの電話は、携帯なら「ちょっとごめん、電波悪いみたい」、自宅なら「あ、キャッチが入った」で切ってしまう……なんて話を聞くけれど、まあ、たしかにそういうことはある。が、もっと手の込んだ逃れ方を試みる人もいる。
休憩時間、「ちょっと聞いてよ。くっくっ……」と同僚のA子さん。先方が電話に出たので社名を名乗ったところ、「ただいま留守にしています。メッセージをどうぞ、ピー」と言われ、ブチッと切られてしまったのだそうだ。
「甘いなあ、留守電のふりするんやったら、ピーのあとしばらく受話器あげとかんと」
もうバレバレなのだが、こういった手合いは「とっさによくそんなこと思いつくものだ」「大の大人がそこまでやるか」と笑い話にすることができる。
しかし、なかには本当に深刻そうなものもあるのだ。
女性の顧客の自宅に電話をかけたところ、夫が出た。奥様はご在宅ですかと尋ねると、「かあちゃん、おらんなってしもたんや」と言う。
「わしが出張で留守しとるあいだに、娘と一緒に出て行ってしまいよったんや。家財道具一式持ってやで、ハンコも通帳もや。犬まで連れて行きよった」
ひええー。それは悲惨な。
「今後、奥様から連絡が入るということは……」
「ないやろなあ。いま探してもろとるんやけどな、見つからんのよ。かあちゃん、どこにおるんかなあ……」
妻が愛人を作って勝手に家出したということであれば、成人した娘までくっついて行くことはないだろう。いったいどんなことをしたら、布団やじゅうたんまで持って引越されてしまうのだろうか。いろいろと思いをめぐらせてしまう私。
日に何百件も電話をかけていると、息子はいまどこにいるかわからないとか、姉はここ半年家に戻ってきていないとか、家族でさえも連絡が取れないというケースにしばしば遭遇する。
もちろんそれが本当のことかどうかはわからないけれど、もし嘘でないとしたらさぞかし心配しているのだろうなあ。そう思うと、電話を切ったあといつも胸がきゅっとなる。
定時は二十一時。昨日最後にかけた一本は、私の胸を重苦しい空気でいっぱいにした。
契約者は若い男性。自宅に架電したところ、ワンコールで電話に出たのは子どもだった。父親の年齢、男の子だか女の子だかわからない声から察するに、小学校にあがったかあがらないかくらいだろうか。
「こんばんは。お父さんはいますか?」
「いません」
まあ、そうだろうな。この時間にサラリーマンが家に帰っていることはあまりない。
「そっか。じゃあお母さんに代わってくれる?」
「いません」
「そう、お母さんもお出かけなのかあ」
思わずつぶやいたら。
「しにました」
えっ……。
この三月に、私はその妻と会話をしているのだ。夫のカードの支払い管理は自分がしていると言っていたことが交渉記録に残っている。妻は二十代か三十代だろう。そんな若い人が亡くなったというの?しかもこの三か月のあいだに。「お父さん、きっともうすぐ帰ってくるからね。待ってるんだよ」
動揺する胸のうちを悟られぬよう努めて明るく言い、切断ボタンを押す。
幼い子どもの言うことだ。なにかの間違いかもしれない。私の聞き違いということもありえる。うん、きっとそう。
でも、こんな時間に家にひとりでいるなんて……。電話の向こうで聞こえていた大きなテレビの音がよみがえってくる。
私の架電リストに再びこの電話番号が挙がることがあるかどうかはわからない。しかし、「支払い管理の妻死亡?確認要」と記録を入力しながら、この顧客の名はしばらく忘れられそうにないと思った。
【あとがき】 顧客の自宅に架電すると、小さい子どもが電話を取ることがあるんですね。幼稚園くらいの子だと電話で話すのが楽しいのかな。「お母さんいるかな?」「うん、いるよ。ちょっと待ってねー」なんて言っても、次に出てくるのは弟だったりして。ほんとにかわいい。こういうときは「子どもっていいなあ」と思います。 |