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- 2004年11月10日(水)
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- ダックス・イン・ザ・パーク −7−「これで買える?」
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ダックス・イン・ザ・パーク DACHS IN THE PARK
ハラタイチ 書き下ろしロングエッセイ―その7―
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別名「犬バカ日誌7」。
7
(1を読んでいない方へ。 注…「お嬢」=「彼の愛犬であるメスのミニチュアダックス」)
お嬢の前に現れたのは、無邪気な子供三人組であった。
【本日10人め】Tくん(男の子/5歳) 【本日11人め】Aくん(男の子/4歳) 【本日12人め】Kちゃん(女の子/4歳)
「すげー小せー、うぉっ、とびついてくるよ!…すみません、だいてもいいですか?」 「いいよ。お尻を右手で持って、そう、で、左手で前足の下を、そうそう」 いかにもガキ大将というヤンチャさのTくんは、興味津々でお嬢を抱き寄せた。 お嬢の尻尾がうれしさのあまり16ビートを刻むドラムスティックと化している。
「Aも抱いてみなよ、ほらっ」 「え、俺いいよ…」 ガキ大将について来ただけで別に犬に興味なさそうな感じだったAくんが、Tくんに促されて 遠慮しようとした時、お嬢が、Aくんの足の間からよじ登ろうとしていた。 「わ、わ、何だこの犬!」 登りきったお嬢が青い眼をAくんにロックオンさせて、必殺の青い悩殺ビームをAくんに放った。 「か、かわいーな…」 「だろ?、A、おめーも好きなんじゃねーかよ!」 かくしてAくんは、あっさりとお嬢の手に堕ちた。 「オットコって、ホンット、カンタァ〜ン」とでも云いたげに、後ろ足で耳の後ろを掻いている。
男の子二人がじゃれ合っている間、 女の子のKちゃんはお嬢の姿をじっと見ているだけだった。
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「おう、Aさー、サッカーやろうぜ!いくぞ!、あっ、ありがとうございましたー」 Tくんが立ち上がって走り去ると、Aくんが名残惜しそうな目でお嬢を見ながら、Tくんの後を 追って走っていった。そして彼とお嬢の前にはKちゃん一人が残って、芝生の上にしゃがんでいた。
お嬢はKちゃんの足元へ擦り寄り、お腹を出して寝転がりながら前足で空を掻きむしっていた。 どこか寂しげな眼でお嬢をじっと見ていた彼女は、やがてそっとお嬢に手を触れた。 「犬、好きなの?」と彼は訊いた。Kちゃんは首を僅かに縦に振る。
彼はお嬢に「お手」や「おすわり」をさせてみた。室内以外でさせるのは初めてであったが、 室内とは異なる環境の中でもお嬢は同じようにやってのけた。親バカながら、さすがお嬢である。 Kちゃんは目を丸くしてじっとお嬢を見ていた。彼女はまだ一度も口を開いていないのだが、 彼には、彼女が犬が大好きでたまらない事が切々と伝わって来た。 彼が「犬、飼ってないの?」と訊くと、また首を縦に動かした。
すると、Kちゃんは突然立ち上がった。そして別の方向へ走り始める。 彼は訳が分からず彼女を目で追うと、離れた場所に彼女の家族のものと思われる荷物が置いてあった。 Kちゃんはその荷物の中から、彼女のものであろうか、かわいい赤い色をした財布を持って戻ってきた。 少し息を荒げながら、彼女は小さな赤い財布を開けて、彼の目の前で逆さまにしてみせた。 小さな手のひらの上に落ちて来たのは、100円硬貨3枚と10円硬貨2枚であった。
「これで犬買える?」
Kちゃんが今日初めて、彼に対して口を開いた言葉がこれであった。 彼は一瞬言葉が出なかった。彼はその時悟ったのだった。彼女はおそらくずっと以前から犬が 欲しくて欲しくてたまらないのに、親に反対(買えないのか?飼えないマンションだからかなのか?) されていたのだろう。そのために、彼女は自分のお小遣いで買えないのかどうかを彼に聞いたのだ。 彼は唇をかんだ。お嬢に「お手」や「おすわり」を彼女の前でさせたのは、まるで彼女の犬欲しさを 知っていながら煽っていただけではないか…。
「…ちょっとそれじゃ足らないかな〜、お父さんとお母さんに相談してみたら?」 結論は想像ついているのにもかかわらず、彼はそう答えるしかなかった。彼は罪悪感で一杯になり、 小さくうなだれているKちゃんの顔を、まともに見る事は出来なかった。 彼女はいつまでも芝生の上に座りながら、飛び跳ねるお嬢をじっと見続けている。
公園の芝生の上に、樹々の影が長く伸び始めていた。
(8につづく)
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