**** ウチのお嬢(=本名:モカ)の犬エッセイ集です ****
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- 2004年11月03日(水)
- 犬エッセイ《ダックス・イン・ザ・パーク》―6―「虐待」


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ダックス・イン・ザ・パーク
DACHS IN THE PARK


ハラタイチ  書き下ろしロングエッセイ―その6―

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別名「犬バカ日誌6」。











(1を読んでいない方へ。 注…「お嬢」=「彼の愛犬であるメスのミニチュアダックス」)






グレーのニットと黒いジーンズの女の子が彼の後ろにいた。芝生の上を擦り寄って来たお嬢を
笑顔いっぱいで抱きかかえながら、彼に話しかけた。


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【本日9人め】Jさん(女性/24歳)

「後ろで見ていて、何か小さいのが草むらの中でもそもそしてると思ったら…小さいですね!」
大屋根からここまで歩いてくる間、誰も視線を向けて来なかった理由が彼には分かった。
お嬢が小さ過ぎて伸び過ぎた秋の芝生に隠れて、周りの人に見えなかったからだった。
「もうワクチンは終わったんですか?」
「ええ、この前終わりました。もう五ヶ月なんですけどね」
「え!五ヶ月なんですか?小さ〜い!いいですね〜かわい〜。それに元気ですね〜ははっ」
お嬢が、壁をのぼるゴキブリのような素早さで、Jさんの腕から胸へ這い上がろうとして、
バランスをくずし、背中から芝生の上に落ちたところであった。

そのお嬢のじゃじゃ馬ぶりに笑顔を見せるJさんであったが、彼はその笑顔の眼の中に、
どことなく刹那的な曇りを感じ取った。彼はJさんに聞いてみた。
「犬は飼ってるんですか?」
「ん〜、一年前までは飼ってました、ダックスを…」
「へ〜そうなんですか。え、今は…」
「ええ、亡くなったんです。…保健所から譲ってもらったダックスだったんですけど、
もう身体が弱っていて、三歳で…」

彼女が飼っていたダックスは、前の飼い主が虐待同様に育てた上に捨てられた犬であった。
それを彼女がもらって来て懸命に看護をしながら育てたのだが、精神的なダメージが大きく、
亡くなる二、三週間前までJさんには心を開かず、ずっとケージの中で丸まっていたという。
食事も殆ど食べず内臓も弱っていたため衰弱して、あばらが見えていて、元々所々にあった
脱毛部位が全身に広がっていったらしい。ある日、初めてJさんと眼を合わせて、足を震わせ
ながら近付いて来て、彼女は泣きながら抱きしめたとの事。その二週間後、静かに横になった
まま、Jさんのダックスは老犬のように息を引き取ったという話であった。


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都内にある国際的に有名な某繁華街に、知る人の間で「虐待ペットショップ」と呼ばれている
ペット屋がある。彼はその店の話を聞いた時の事を思い出していた。
その店は雑居ビルのワンフロアを占めていて、店内は不衛生極まりない劣悪な空間とのこと。
南から西側にかけての壁は天井いっぱいのガラスサッシュとなっており、ペット達はケージに
入れられて、そのガラス面に沿って積み上げられていると云う。店の主要顧客は、繁華街で
夜働いている人々やその街で深夜に遊びに来るお客がメインであるため、夜から店を開けて、
早朝まで営業しているのである。

これまでの話で、勘がいい犬好きの方はお気付きだと思われる。
この店のペットは、ゆっくり安眠する時間が全くないのである。昼間はガラス面から日光に
照らされるため、ガラス際に置かれたペット達にとっては光度や室温ともに高く、とても
安眠出来る状況には無い。そして夕方のきつい西日に晒された後、太陽が沈んでからの涼しい
時間から営業が始まるのだ。室内照明で照らされた上に、他のペットは鳴きわめいて騒がしく、
これまたゆっくり寝ていられない。強いて云えば午前中だが、いずれにしても営業時間外は
空調が止められているので、空気環境は劣悪である。世話も全く行き届いていないと云う。


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お察しの通り、こうしたペットショップをどんな連中が営んでいるかと云うと、裏のその筋の
人達だそうだ。お客もまたそういう筋の方々であるとの事。一体どんな育てられ方をすると
いうのか。本当に大事に育てたいと思う人は、間違いなくこういう店では買わない。ぬいぐるみ
を欲しがるのと同様の感覚で買っていく人達なのではないかと、彼は想像せざるを得ない。
一時の慰めだけで、もしくは単なる「かわい〜」という衝動だけで買われたペット達は、
その後どうなるのであろうか。ペットの世話はとても厳しい。特に小さい頃は、このお嬢の
ように云う事も聞かず、トイレも思うようにはせず、非常にストレスもたまる営みなのだ。
そういう事を想像せずに衝動的にペットを買っていった人達は、一体どうしているのだろう。
捨て犬の話や虐待の話を聞く度に、彼は考えざるを得なかった。

ペットを是認している以上、純粋な動物愛護の議論をする気は無いが、「家族の一員」という
意味あいで、売る側も買う側も確信的に愛玩動物という存在を認識しているはずである。
人間同様の存在価値があるものとしてペットを扱わなければならないはずである。
お客に対して「家族の一員として、あなたを癒してくれますよ〜」という営業をしている以上、
ペットショップは、ペット達を「家族」として、人と同様のものとして世話をしなければなら
ない。こんな講釈を垂れなくても当たり前の事だ。
しかし、あのショップの主も客も、ペットを「ブツ」としてしか捉えていない。まるで、裏で
行われている「人身売買」と一緒ではないか。彼は怒りを覚えて、眼を見開いていた。


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「どうしたんですか?」とJさんに云われて、彼は我に返った。
お嬢はJさんの前で、キューピーのようなお腹を向けながら前足を必死に掻いていた。
「なんか腹が立ちますね…」と彼は云った。「え、私何か気に障る事でも云いました?」
彼女のリアクションを見た彼は、飛躍した返答をしたことに気付いた。
「あ〜いや、そのJさんのダックスの前の飼い主の事を想像したらね、なんか…」


Jさんがお嬢に「じゃあね〜」と云って、丘の上の方へ戻っていくのを見ながら、お嬢は必死に
追いかけようとして、伸びるリードと一緒にもがいていた。


さらに、次のお客さまが走って寄って来た。小さい男の子二人と女の子が一人。
すかさず群がるファンに超高速投げキッスをお見舞いする、サービス精神旺盛なお嬢であった。



(7につづく)



...
   

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