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(1月30日の日記のつづき) ------------------------------------------- 1月29日、午前9時40分。
会社を出た僕は、電車内に忘れた紙袋を奪回するべく、 とにかく終点の新木場という駅へ向かうことにした。幸い月島から3駅なのですぐに行ける。 改札へ向かう途中、ケータイで新木場駅の遺失物取扱所に問い合わせたが、 それらしい品は届いていないらしい。
ハラ「え〜と、ではすぐにそちらに伺いますので!」 駅員「え?!まだ品物が届いてないんですよ。届きましたら電話しますから、 来るのはそれからで宜しいんじゃないでしょうか?」 ハラ「いや〜それが無いと午前中仕事ならないんで! その紙袋の中身が無いと困る人が沢山いるんですよ! あります!間違いなくありますって、そちらにそろそろ届きます! ですから、すぐ伺いますんでっ!」
駅員「・・・・・・お客様にお任せしますよ。」
せっかくの駅員の大変ごもっともな気遣いを踏みにじり、早足で月島の改札を抜ける。 新木場へ向かう地下鉄の車内は、通勤ラッシュという一仕事を終えた、落ち着いた気配が漂う。 その車内で「何やってんだろ俺って・・・モード」になっていく僕・・・。 車内の温和な空気と僕の刹那な空虚とが、絶妙にブレンドされていく・・・。
しかし、この時僕はまだ、自分が着く頃には余裕でブツは届いているだろうと楽観していた。
先の問い合わせのタイミングでは、紙袋を載せた電車が駅に着き車内の点検が終わった頃だろう。 現場から取扱所に届くのも意外と時間がかかるかもしれないし、届いてなくども不思議ではない。
新木場に着いた。
改札内にある遺失物取扱所の扉を開け、中へ入る。 先客で、今朝有楽町で忘れ物をしたという大学生がいた。 彼の荷物は見事届いていて、大学生は安堵の表情でブツを受取り、 駅員から「良かったねぇ〜」と声を掛けられていた。 このあと、僕もあのように駅員から受け取るのだろう・・・。
コワモテそうな駅員と目が合う。
ハラ「あの〜先程電話で問い合わせましたハラと申しますが・・・」
駅員「あ〜あれねぇ〜無いんだよ〜。 あれから車掌に聞いたりホームを探したりしたんだけど、無いんだよね〜。」
・・・無い?
駅員「ケータイ番号も聞いてますんで、届きましたら電話しますんで。 ま〜届いてないものはしょーがないやね〜」
無い?・・・ 無いの?・・・ 無いのか?・・・ 無いと云うのか?・・・
このタイミングで無いってことは、え〜っとですね〜・・・ 終点=始発ってことですから〜おい!紙袋載せたまま折り返してったっつーのか! ってゆーかちゃんと点検したのかよ新木場!ゴルァア!
と悪態を心の中でつきながら、冷静になれる場所へと移る僕。
午前10時10分。
改札を出てすぐの所に在るドトールに入り、とりあえず煙草に火を点ける。 すでに新木場駅にはブツは無く、遥か彼方へ運ばれてしまった可能性をかなり考えつつも、 ここで連絡を待つことにした。 その予測が当たっていたとしたら、もう午前中はおろか今日の入手すら怪しいだろう。 中の書類は今日の午前中に僕の手元にあってこそ意味があるものなのだ。 まだ新木場にある可能性だけを考えて行動しかない。
そもそも・・・
その書類のためにに何故僕はこれほど懸命になっているのだ?
その書類の存否は、俺の人生や俺の幸福に何か影響を与えるのか?
いや・・Ο
・・・ ・・・ べつに・・・
仮に、その置き忘れた紙袋の中に・・・
「一億円の当たりクジが入ってたんです!」 「SMクラブで撮られた恥ずかしい写真が入ってるんです!」 「ある筋から頼まれて運んでいたシャブとチャカが入ってるんです!」
とか云うなら、自分の全存在を賭けてでも絶対探し出さなければならないが、
たかが仕事の書類である・・・何を僕は懸命に・・・
っと、・・・そうだ、これを待っているデザイナーのコが10時半に会社に来るのだ!連絡せねば! ケータイ番号を知らないので会社に連絡を入れる・・・。さらにコピーライターにも連絡。
・・・そう、皆待っているのだ。
紙袋の中味は広告原稿の修正指示の数々と資料として必要な役所発行の書類。 これが現時点で消えてしまっても、正直僕個人としてはどーでもよい。 仮にその書類が超大事な書類だとして、それを無くしてしまったことで上司に呼ばれ、 「ハラ君、どうだね、もっと暖かいところで仕事をしてみるかね?」 と、云われたとしても別によいと思っているぐらいだ・・・自分の事だけで済むならば。
しかし、僕を待っている人がいる。 工程がタイトだからと無理な段取をお願いして準備してもらってる人達がいるのだ。 その人達が、そのどーでもよい書類と僕の指示を待っている。 前述のデザイナー、コピーライター、ディレクター。彼等の作業したものを待つ印刷会社の人、 さらにその作業したブツを待つクライアント・・・。
僕にとってはたかが仕事だが、その背景に、僕を待つ人達の顔が見えるからには・・・、
・・・されど仕事なのだろう。
10時30分になった。
遺失物取扱所からの連絡は今だ来ない。 今日の午前中の段取をキャンセルするのはかなりイタイ。 しかし、オシリが決まっているタイトな工程と連絡すべき箇所数と段取内容からすれば、 覚悟を決めて動き始めなければいけない時間だ。
ドトールの席を立つ。 最後にもう一度遺失物取扱所に寄って、ダメモトで確認してから戻ろうと思い、切符売場へ向かった。
発券機に硬貨を入れたその時、ケータイが鳴った。
(完結編へつづく) 030202 t a i c h i
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AIR〜the pulp essay〜_ハラタイチ
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