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年賀状書きも終ってない。大掃除も途中。 だけど昨日は夜更かしをしたので、息子を幼稚園に送ったら取り敢えず寝る事にする。 買った時には大きいと思ったベッド。今では10日に一度の割合で私は墜落している。 一緒に寝るのはもう卒業だ。幸い、年末に向けて部屋が一つ空いた。巣別れの季節だ。 広いベッドにの〜びの〜び出来るのは息子がいない今だけだ。心地よい眠りに落ちた まさにその時。
後はよろしく〜と、色々な事を頼んで置いた同居の実母が大慌てで階段を駆け上がって来る。 私の名前を呼びまくっている。幼稚園役員のお母さんから電話でも入ったかな? 「M子!(仮名)T男が追突事故を起こした!」 T男は2つ違いの弟だ、未だ独身。誰か良い人居ませんかね。それはともかく、弟はつい 1週間ほど前に実家を出、一人暮らしを始めていた。だから部屋が空いたんだけど。 「相手の車に小さい子が乗っていて、フロントガラスまで飛び出して大怪我をしたって 頭を打って 今、精密検査を受けているけれどT男は調書も取れない状態だって」 私は血圧が低く、直ぐには起き上がれない。目眩がするのだ。だが、そんな事は言っていられない。 階段を降りて電話機の前に寝そべる。ああ、目眩・・・。 始めに考えたのは、2〜3日前、会社帰りに実家に寄って行った弟が 私の運転の下手さを 散々に くさして行った事である。「馬鹿者め、人の事をあれこれ言っておきながら」と声に出して憤慨する。 だが寝そべりながら、何となく何かがおかしいと思い始めた。
相手は警察を名乗っていた。弟の名前、勤務先を把握している。そして事故を起こした状況も 一見すると 有り得ない事では無いように思えた。だが、事故現場は仕事で通る可能性が非常に 少ない場所であった。「オレオレじゃ無いの?それ」 母は混乱している。弟と携帯が繋がらないと言って慌てている。よく見ると前後左右に僅かだが ふらふらと揺れているでは無いか。やばいっ! 「職場に電話して見る。本当なら向こうにも情報が入っているだろうし」 まだ血圧の上がり切っていない頭で30kmほど離れた勤務地に電話をする。同じ課と思われる 男性の声。「今 接客中で」「そちらに居るのですね?」「ええ、居りますが」 やられた。「母ちゃん、T男は職場にいる。オレオレだった」
座り込んでいる母に言う。「着信見てみようよ」 母が答える「ヒツウチだったよ」 「ヒツウチ〜〜〜〜〜ッ?」警察が非通知で電話して来るだろうか。無いだろう。そこまで判ってて 何故引っ掛かるかなあ。母の証言を聞くと、とにかく練られた話術の様な物が存在するらしい。 気が付くと「私は何をすればいいんですか?」と聞いていたそうである。危ない。 ところが先方にも誤算があった。おそらくは 職場の名簿から辿ったと思われる向こうには 本人の 情報があっても同居家族の情報が無い様子だった。少なくとも話術担当は最小限の情報の 持ち合わせしかない様だった。弟の実家を 弟が家族と構えている家だと思い、実母を弟の妻と言う オイディプス王も真っ青な、洒落にならない勘違いをしていたのだ。
母は「夫に相談します」と言った。先方は「ですからご主人は調書が取れないほどの状態なのです」 と答えた。苛立った母は「それは息子の事で、私は自分の夫に相談すると言ったんです」と答えた。 そうしたら電話は切れたと言う。母は、何かとんでも無い事態がまた起きたのかと思い、私を呼びに 来たのであるが、実際はお手元情報とずれが生じた為、先方がさっさと撤退したのであろう。 一応、警察に電話で届けるが『知能犯』担当が大忙しらしく、後日また連絡が行くかも知れないと 言われた。オレオレ真っ盛りなのであろうか。
夕方までに、周囲のオレオレ被害が伝わって来た。殆んどが未遂で終っているが、実際に多額の 振込みをしたケースもあった。振込みは短い時間に二度なされたケースもあると言う。 我が家では交通事故であったが、その家の人の最も恐れていると思われるケースを巧みに創作し 複数の演技者を使って来るらしい。医者の息子を持つ人は「医療事故で人を殺した」と言う 『本人』の言葉に騙されている。それだけ私たちは多くの大切な物とそれと同じだけの不安を抱えて 生きているのだと感じる。
年末に向けてオレオレにも拍車が掛りそうな勢いである。驚いた所に中々難しい かも知れないけれど、突飛な質問をしてみる事で案外簡単に相手は引いて行くと思う。 駄目元でやっている気配がある。落ち着いて、なるべく早く本人と連絡を取る事が肝心かも 知れない。本人不在なら友人や同僚でも、本人の行動を知っている人物とコンタクトを取るのも 有効かもだ。
我が家では 親の寿命がちょっと縮んでいるかも知れないが、年末に向けて、いっそう車の運転 には気を付けようと言う無難な教訓が残った。
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