せらび c'est la vie |目次|昨日|翌日|
みぃ
先週の今頃日記の下書きを書いたまま、すっかり慌しくなってしまって、それきりになっていた。この話は先週の今頃の話と思って、読んでくだされ。 星占いでは、ここ数日のワタシは割合運が良い事になっているのだが、実際は意外とそうでも無い。 今日は例の特別企画を持ち込んだ某音楽家件現地コーディネーター馬鹿女と怒鳴り合いの喧嘩になってしまった。 先日突発的会議を提案した彼女だが、ワタシはその会議の時間には同じビルの上階にあるオフィスで作業をしながら、ボスや数人の同僚らとメールのやり取りをしていた。 この企画は空中分解寸前である。何しろ肝心の詳細を書いた「企画書」が一向に出来上がって来ないのだから、これ以上ワタシたちに出来る事は無い。そもそもこちらが散々手を尽くして企画を成功させようとしているのに、話を持ち込んだ張本人やその関係者がやる気を見せないのは、どういう了見だろうか。このままでは、この調子でこちらがいつも報酬以上の仕事をさせられて、向こうさんは高見の見物と来るのだろう。先が思い遣られる。この辺りで「最後通牒」を突き付けて、実際何処まで本気なのか、はっきりさせて貰おうではないか。 などというような具合に、皆の意見が一致する。 ワタシは、前日までに会議には何とか都合が付けられそうだと表明していた人々の報告を待つ。 そのうちあるひとりが、連絡して来る。ワタシが行かないと言ったので、ならば日にちを改めた方が良い、と例の音楽家に提案したのだが音沙汰が無いので、結局行かなかった。また、日本の関係者の皆さんは何故何の挨拶も寄こさないのか、やる気はあるのか、とも聞いたが、それに付いても返事は無かった。 もうひとりの同僚にメールを打ってみると、彼女も急用が入ったのと、面子が揃わないので建設的な話し合いは成り立たないだろうと考え、出席出来ないと連絡をした、と言う。何か懸念があるなら、ワタシかもうひとりの幹部をしている同僚に直接話を持って行くのが効果的だ、と勧めたのだが、彼女が何を考えているのか分からない、とも言う。 それらの報告を聞き届けると、ワタシはいよいよ腹を決め、「最後通牒」的メールを送る事にする。 スペースの予約担当部署の担当者と話が出来たのだが、と先ずは必要な手続きを一通り丁寧に説明する。その為には、この通り、規定にあるような詳細を記した申請書が必要なので、この規定に沿って作成して、今週金曜の現地時間午後二時までに送付していただきたい。期日までに届かない場合は、今回の企画は私共では取り扱い不可能という事で、ご了承いただきたい。 そのメールを企画担当者らのメールリストに送って暫くすると、別の同僚から同情のメールが届く。ワタシが折角骨を折ってこれまで進めて来たのに、こんな次第になってしまって残念だが、しかしあちらさんが悪いのだから致し方あるまい。これでやる気を見せないなら、どうにもならぬだろう、と言う。 ワタシはこれでこの訳の分からない無駄仕事から解放されるだろうと、久し振りにぐっすり眠る。 ところが翌日夜遅くになって、ボスからメールが届く。 なんだか不可解だけれども、例の音楽家からこのようなメールが来たので、近いうちにどうにかしないとならないだろう。そう始まったメールを読んでいくと、どうやら彼女がいよいよ「企画書のようなもの」を完成させて、ワタシたちをすっ飛ばしてボスのところへ送り付けたという事が判明する。 「不可解」というのは、その「企画書のようなもの」が文法やら綴りの間違いやら行の不揃いやら意味不明な文章やらに満たされた、ビジネスに使う文書としては全く中途半端なものだったからである。彼女はこの国の永住権を持っているとの事だったが、そしてこの国の大学と名の付くところで音楽を勉強して何らかの学位を収めた筈なのだが、しかし現地語会話のみならず文章の方も大変拙かったのである。 不可解な文章を読みながらくらくらしていると、その他の企画担当者メールリストの方にも同じ文章が送られて来る。カバーレターは日本語だが、それすらも不可解な内容である。 そしてそれとは別に、ワタシ個人充てにも彼女からメールが来る。どうしても直接会って話しておきたい事があるから、時間を作ってくれと言う。 嫌な予感がする。まるで、例の「蟹座の気違い男」がワタシと怒鳴りあいの喧嘩をする為に仕事をサボって早く帰宅した時のようである。 彼女はボスにも同様に面会を希望する旨をメールしていた。ボスも嫌な予感がしていたのか、二人の会合にワタシも参加するようにと言う。 ボスから緊急招集が掛かってしまったので、ワタシは仕方なくボスと音楽家との翌日の三者会議を手配する。双方にこの時間にこの場所で良いか、と確認をすると、その音楽家は序でに、以前ワタシがそのドキュメンタリィ・フィルムの概要を送って共催の打診をした他団体の長とその秘書にも、この「企画書のようなもの」を送っておきました、と言って来る。 何だって? この、まるで小学生か分裂病患者の作かと思われるような出来損ないの文章を、これまでワタシがゆっくり信頼関係を築きながら打診して来たあの団体の偉いさんたちに、ワタシたちの目を通さないうちから、その過程をすっ飛ばして送り付けてしまっただと? 本当に頭痛がして来た。 やってくれたものだ。 ワタシは一応ボスと他の同僚らに、その旨報告する。どうやら彼女は、あちらの団体さんにも同じ文書を既に送ったようです。その前に修正しようと思っていたのですが。 ボスは、ワタシたちの許可無くそんな事をするのは、気に入らない、と返事を寄こす。 ワタシは、これではまるで折角のワタシのこれまでの苦労が、この糞のような文章一本ですっかり水の泡ではないか、と憤慨しています。あってはならない事です。そう返事をする。 ボスとワタシの意見は一致していると思われたのだが、しかし翌日私が少し遅れてボスのオフィスに入って行くと、何やら様子が違った。 先に少し話を始めていたところなのだけれど、では本格的に会議に取り掛かりましょう。この書類が届いた訳だけれども、我々が話し合っておかねばならない懸案事項というのは一体何でしょう。 と話を振られたので、ワタシは切り出す。 ええと、先ずその、余所の団体に既に同じ書類を送ってしまったそうですけれども、それはワタシたちの団体をすっ飛ばしてその上の機関と直接話を進めようという思惑なのですか。それでは話が違います。こちらがこの企画の主催という事で話を進めて来たのですし、こちらの団体を通すからこそ、あちらの団体も共催に同意して下さっている訳ですから、そのワタシたちを差し置いて話を進めてしまうのでは企画は通りませんよ。 するとボスは何と、いやその辺りは多分問題ないだろうと思う、などと言う。 いやしかし、場所の確保にしたって、うちが関与するからこそ此処を無料で押さえられるのであって・・・ ああ、それは確かにそうだけれども、まあそこは置いておいて。兎に角彼女は一応書類を送って来た訳だから。 なんだか問題を横ちょへ置き去りにしてしまいたがっているのは、一体どうした事だろう。 結局のところ、ボスは自分が関与するとはいえ実際の細々した「汚い仕事」を賄うのはワタシなので、面倒は全て曖昧にして、とりあえず美味しいところだけ先に話を詰めようという魂胆のようであった。 自分はこの企画を取り仕切るのでは無いから、細かいところはちゃんと担当者であるこの人(ワタシ)に連絡を寄こさないといけない、と注意は述べてくれるけれど、実際ボスの前では極端に口数の少ないこの外国人に対して、効果的な説教は垂れてくれない。 本当はボスに、こんな風にいい加減な事では、この企画はうちでは面倒見切れない、と断って貰いたかったのだが、どうやら話は元通り進めていく事になってしまったようである。 主だった内容について一通り詰めたところで、音楽家女史を外へ出して、ワタシとボスとで別件の簡単な申し合わせを済ませる。 オフィスを出て来ると、彼女はワタシを待っていた。一寸話をしたいのだが、良いかと聞く。 ああ、来た来た。 ワタシのオフィスへ案内する。 勿論ワタシはすっかり不機嫌である。 何しろもうとっくにやる気は削がれているのに、企画はこのまま続行する事が決まってしまった訳だから、そして立場上ワタシがその詳細を詰め、彼女が書いた間抜けな文章を修正して使い物になるような書類に仕立て上げなければならないのだから、どうにも納得が行かない。 しかも早く書類を作らないと、肝心のスペースが確保出来ない可能性が高くなるので、いきなり時間との戦いである。これでもしスペースが確保出来ないとなると、当然彼女は折角「企画書のようなもの」を用意しろと五月蠅いからやってやったのに無駄骨かよとワタシを責めるのだろうから、プレッシャーは全てワタシの身に降りかかる。 オフィスに入るなり、ワタシは先ず、今日はわざわざお越しいただいて恐縮なんですが、他団体にこの拙い文章の書類と呼ぶに呼べないような代物を送ってしまったという事で、全く困った事をして下さいました、と不快感を顕わにする。 赤で彼方此方修正を入れたその書類を手にしながら、ワタシは一体何処から始めたら良いのか、というようにぱらぱらとページを捲って見るのだが、しかしあんまり頭に来ているのでどこからどう説教を食らわしてやるべきか、途方に暮れる。 彼女は、そういう仕組みになっているとは知らなかったので、差し出た真似をしてしまった、と言うのだが、普通何処の業界でも何処の機関でも、物事には「順序」というものがあるだろう。それに初めにこの話を持って来た際にも、またメールでも再三に渡ってそういったこちらの仕組みについては説明したのだから、知らないでは済まされないだろう。 そう言うと、 あのメールでは物凄く傷ついたんですよ!何で私があんな事言われなけりゃならないんですか!? 彼女は突然怒鳴り出した。 結論から先に言うと、それから一時間強の会合の間、彼女はワタシに怒鳴りっぱなしであった。 ワタシは他人から理不尽に怒鳴りつけられたら、大概それと同程度の勢いで怒鳴り返す種類の人間である。 以下、書き言葉の便宜上表現は控えめだが、声の調子はその限りでない。 貴方以外の、あのメールリストに載っている人々は、皆理解していますよ。寧ろ貴方があんまり分からない事を言ってばかりなので、皆呆れているくらいです。ワタシたちは逐一報告やら意見の提案などしているのに、貴方の発言はそれらを一切踏まえていないし、その癖自分の主張ばかり強引に押し進めようとしているじゃありませんか。人の話も聞かないで、自分の話だけ通そうなんて、虫が良すぎます。だから、どうやらワタシの説明が足りなかったのかと思って、一つひとつ丁寧に説明して上げたのです。 でもあれじゃあ、まるで私が何も分かっていない馬鹿かと言っているようなもんじゃないですか!何で私があんな事言われなくちゃならないんですか! (実際その通りなのだけれど。) 無能な人に対して、「貴方は無能だから別の使える人間を寄こせ」と言ったら、それは失礼だしお気の毒だとは思う。しかし、これはあくまで「ビジネスディール」なのである。彼女とは友達でも何でも無いのだから、だらだらと仲良しこよしのお遊びで何時までも時間を取られている訳には行かない。さっさと必要な仕事を片付けて、次の仕事に移らねば、此方は時間が幾らあっても足りないのである。 彼女はその辺りのワタシの言葉にしない部分を良く察知して、それで怒っているのである。さもあらん。でも、それなら初めの段階で此方が質問したり報告したりしている時に、それらにちゃんと対応しておれば良かったのである。「梨の礫」なのだから、此方としてはさては先方はやる気が無いか馬鹿のどちらかだ、と判断せざるを得ない。自業自得である。 とは言え、この怒鳴りあいの喧嘩は、ワタシのエネルギィを大いに消耗した。ワタシはそういう感情的な人を相手にする時、大概「理屈」で攻めるので、当然ながら話は噛み合わないし却って拗れがちである。しかし黙って言われっ放しでは此方も立つ瀬が無いので、言い分はちゃんと言わせて貰う。どちらも引かないので、そんな事を長らく繰り返す事になる。 しかもこの人は、恐らく何らかの精神上の問題の所為で、人の話をそのままその通りに理解する事が出来ないらしい。ワタシが同じ事を繰り返し説明してもまだ分からないで、また怒鳴りながら文句を言う。 だから先程から同じ事を言っているんですけれども、と説明しても、でも私も傷つくんです!だの、怒りをコントロールするのに時間が掛かるんです!だのと彼女の「感情問題」に終始して、平行線である。 でもワタシたちの意見も聞いて頂けない事には、一緒に企画は進められませんので、そちらにも例えばフォローアップの連絡やら経過報告を随時入れるなりして、対応して貰わないと困ります、と言うと、そんな事をしろと言われても思いつかなかったのだから仕方が無いでしょう!とヒステリーを起す。いや、「しろ」とは言ってませんよ。例えばの話です。何らかの対応があれば、こちらも誤解せずに済んだのです。 でもその話は分かりましたから、話を先へ進めましょう。そう言っても、でも私、物凄く傷ついたんです!とまた話を戻す。 結局彼女は、自分が如何に「犠牲者」であるかという事を、ただひたすらに訴えたいのだろう。 そして、彼女にとってはワタシが絶対的に「悪者」であり、こちらがどれだけ説明しようが、彼女が「傷ついた」という事実は永遠に変わらないし、それ故ワタシは彼女から永遠に恨まれる存在なのだろう。 疲れる。そういう他人の「ドラマ」には、出来る限り関わり合いたく無い。 気になるのは、彼女もまた、普段は大人しそうなのに爆発するまで不満を溜め込む、所謂「パッシブ・アグレッシブ(passive-aggressive)」な人だという事である。 ワタシは、企画書の手直しを終える前にとりあえずスペースの確保をするよう、ボスに依頼する。そうでなけりゃ、もしスペースが取れなかった日にゃ、藁人形に五寸釘を打ち込まれて一生祟られるに違いない。 それに、もう二度と再びこの「自分の感情問題を克服出来ないでいる中年女性」と二人きりで会議などするのは、御免である。密室で首でも絞められた日にゃ、浮かばれない。 この人と今後数ヶ月も関わっていかねばならないのかと思うと、甚だ憂鬱である。
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