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みぃ
この週末は大忙しであった。 翌朝早くからヴォランティア活動が控えていたので、前日に隣の島まで出掛けるのを躊躇したのだが、やはり船をじっくり見せて貰うなどという機会は又と無いのだから是非行っておこうではないかと考え直し、結局出掛けて行った。 行けば行ったで、それなりに思う存分楽しもうと腹を決めるワタシの事だから、どちらに転んでも良かったのである。ならば精々行って新たな経験と人々との楽しいひとときを過ごす方が良かろう、という訳である。 友人の恋人が、クルーのひとりであった。先日の日記では「ヨット」と書いたが、よくよく見てみたらヨットどころの騒ぎでは無かった。「スクーナー」と呼ばれる種類の、わりかし大きな帆船である。 この帆船はワタシから見れば大変大きなもので、まるで去年だったかに行った北方の町の海洋博物館に展示されていた、昔ながらの造り方の途中経過を見せたやつのような、体育館(のような広い館内)一杯サイズの木造で、目も艶やかな立派な船である。 思わず、以前途中まで独習し掛けた「ロープワーク」を、帰ったらもう一度おさらいしておこう、と思い立つ。 ところがその持ち主氏曰く、以前亜米利加はキーウェストへ航海に出掛けた折、隣に停泊していた某「アメリカ号」(豪華客船)を見ながら、ふむ、こんなやつと比べたのでは、俺の船はちっさなちっさな小船ちゃんだな、と思ったそうである。 ワタシが会議を消化した後、大急ぎで普段乗り付けない郊外電車に二時間も揺られて、更にタクシーをとっ捕まえて、やっとその帆船が停泊しているマリーナに辿り着いた頃には、クルーの皆さんはすっかり出来上がっていた。この持ち主氏の本業はワイナリーの持ち主でもあるそうで、帆船の絵が描かれたラベルの付いたワインが沢山持ち込まれていた。それに「海の男たち」お得意の南国特産のラム酒の回し呑みなどもあり、それはそれは「愉快な海賊たち」といった趣である。 ワタシの友人はこの「海賊」のひとりと遠距離恋愛をしているので、久し振りに再開した恋人たちはひとときも傍らを離れない。しかし好い加減、幾ら粋な「海の男たち」でも見飽きてくるのではないかと思われる程、いちゃいちゃとそれはいつまでも楽しげである。 飽きっぽいワタシには遠距離恋愛というのは到底維持出来ないだろうから、ワタシはこの仲睦まじい恋人たちの様子を見ながら、この関係が末永く続く事を祈ってみたりした。 ところで、ワタシの到着は本当に夜遅かったので、ワタシが矯正器具を取り外して漸く持参した夕飯を平らげる頃には、「海賊たち」はぼちぼち床に付き始めてしまった。山男の朝も早いが、海賊の朝も早い。 結局その恋人たちともうひとりの海賊君とワタシの四人して、デッキでもってあれやこれやと馬鹿な話をして笑っていたのだけれども、それまでいちゃいちゃしていたその恋人たちが寒くなって来たからそろそろ床へ引き上げると言うので、それはつまり上手い具合に言えないでいるけれども要するに「セックスしに行きましょう」という事だねと、ワタシともうひとりの海賊くんは理解し、大変分かり易かったねと笑って、彼らを見送った。 それでワタシと海賊君も同様に引き上げる事にして、ざっと後片付けをして、ワタシは寝る前の歯磨きとフロスを忘れずにしてからまた矯正器具を嵌め込んで、漸く床に就いた。 以下自粛。 そういう訳で、ワタシは殆ど眠れないまま早朝を向かえたのだけれども、ボケボケしながら友人らが寝ている奥の蚕棚の襖を開けて彼らを起しお別れを言って、そして船のリビング部のカウチをベッドに仕立てたところで寝ている例の海賊君にもお別れを言って、帆船を後にした。彼があんまり若かったのは、一寸計算外だった。 電車の駅まで、結局四十五分程歩いたが、途中上り坂があった事を、すっかり忘れていた。 例えばマラソン大会に出場するとか、または日頃「トレッドミル」に日に三十分乗るとか、そういう人で無い限り、あの坂を朝っぱらからてくてくやるのは、勧めない。 四十五分のうち、結局半分は急勾配の上り坂だったのである。 しかも今日はこれから「肉体派」のヴォランティア活動が待っているという事が分かっていたのだから、ワタシはマリーナで見張り番をしていたお兄ちゃんに潔くタクシーを呼んで貰えば良かった、と後悔した。 苦労の甲斐あって、電車の時間の十分前には駅に到着したが、しかし電車は動いていなかった。 ひなびた最終駅で同じく電車待ちをしていると思われる人に聞くと、代わりのバスが来ると言う。まさしくそう言われた直後、駅前のこじんまりとしたターミナルには「急行」と書かれたバスが到着した。これで街へ戻れますかね、と聞くと、途中のなんちゃら言う駅までバスで行って、後は電車が出ているから、と言う。 バスは急行と言う名の通り、一般道と高速道路を代わる代わる走り続け、電車の定刻より幾分早めに、そのなんちゃら言う駅に到着した。がたがたと揺れるから、折角寝て行こうと思ったのにちっとも眠れなかったけれども、時間に正確に着いたという事に関しては、褒めておく。 その後暫くして街行きの電車がやって来たが、今度は週末にも拘らず朝っぱらから若い学生たちが乗り込んで来てああでも無いこうでも無いと引っ切り無しに話をするので、又しても眠れずに終点の街に到着した。 こうなったら朝飯を喰うしか、重労働に対抗する手立ては無い。 ワタシは朝っぱらから「ケンタッキー・フライドチキン」を所望する。そもそも睡眠不足で機嫌の悪いワタシは、余りにもトロくてぞんざいな移民の売り子に頭に来て一寸怒鳴ってしまったが、揺れ動く矯正中の歯でゆっくりゆっくり噛み締めるようにして食べた鶏の唐揚げは、相変わらず旨かった。 最初のヴォランティア活動の場所である公園は、どの駅からも離れているので、歩くと結局随分掛かってしまうのが難である。鶏と珈琲で無理矢理起した身体には、少々辛いところである。 このプロジェクトのリーダー氏とは既に顔馴染みなので、お早うと言った後歯切れの悪いワタシの様子を見て、一体どうしたのだ、今朝は悪い夢でも見たか、と彼は問う。赫々然々と次第を軽く説明すると、ふむふむ、しかしそれでも君はちゃんとやって来た、良し良し、と褒めてくれる。そうか、来ない奴も意外といるからな。所謂「ばっくれ」も、このヴォランティア活動というものには実は結構いるのである。隣の島から二時間と四十五分掛けて朝っぱらから帰って来た自分を褒めてやりたい。 この日の作業は新しい球根を植えるものだったのだが、大きなショベルで土を掘り起すのは、力が全く入らないワタシには絶対的に向いていない仕事だったので、他人が掘った穴に球根を運び入れて、その際掘り起こした別の球根や雑草などを取り上げて持ち帰る、という比較的へなちょこな作業に終始した。 その後もうひとつのヴォランティア活動が控えていたのだが、前のが少し遅れたのでこれにはすっかり遅刻してしまった。しかし行ってみたら、準備は済んでいるから一時間程皆に暇を出したというので、一安心した。 そこはワタシが良く行く「スープキッチン」なのだが、今回は食事提供ではなくて同時開催の冬に備えて衣類を提供する活動の予定だったので、そこの食事提供で顔見知りになっている数人とお喋りなどしながら、昼飯のピザを食べて時間を潰した。なんだかいつもと違ってのんびりした、心地良い昼下がりであった。しかも外は小春日和で、暑いくらいの日でもあった。 衣類提供活動をしながら、階上の食事提供場を行ったり来たりして、常連のヴォランティア仲間やゲストらと挨拶などして、割合ゆったりと活動して過ごす。人の入りは、少なめであった。暑い所為で、きっとスープなど飲む気になれなかったのだろう。 常連のゲストのうち、日頃良くワタシに水星の逆行などを警告してくれたりする、ある西洋占星術に通じていると思われる人が、こんな事ばかりしていないで、本業もしっかりやらねばいかんぞ、と声を掛ける。この頃サボってたの、どこでバレたんだろう、と一瞬蒼くなる。あの人、粗末な身なりをしているけれど、侮れない。恐るべし。 そんな事があったので、帰宅してとりあえず喰うものを喰ってからさっさと床に着いて夜の九時頃から翌朝十時頃まで、すっかり寝こけたけれど、翌日曜には懸案の掃除を一斉にやる。今週一週間分の作業予定を作り、溜まっていた新聞に一通り目を通す。おふらんすの暴動が一週間以上続いていた事に気付く。亜米利加州首脳サミットが行われる先々で、反ブッシュのデモンストレーションだけでは収まらず、暴動も起こっている事を知る。知らぬ間に世の中ヤバい事になっている。逃亡者フジモリが日本を出国して、メキシコからチリへ向かっているという。反ブッシュ・反米ムードに便乗したのだろうか、上手くやったなと思う。 例の特別企画を持ち込んだ某音楽家件現地コーディネーター女史が、金曜にメールを送って来ていた。日曜の午後に一回ミーティングしませんかと言う。どうしてそういう事をいきなり言うのだ。明日明後日というような急な申し出で、こちらの都合が付くと思っているのか。しかも具体的な書類が出来上がって来ないうちから、一体どういう目的で集まろうと言うのか。そもそもどうして日曜にまでタダ働きのワタシたちを働かせるのだ。 他の人々も日曜は都合が付かないと、メールを打っている。すると、では月曜ならどうかと食い下がる。どうやら近日中に帰日予定があるらしい。 やんわりと、しかしかなりはっきりと、ワタシは言いたい事を述べる。序でに、月曜は既に塞がっているので、何か決めたら連絡を請う、と突き放す。 結局ワタシは、突然仕事を押し付けられたりするのが、嫌いである。「ディスオーガナイズド」な人々と一緒に仕事をするのが、大嫌いである。彼らは決まって、ワタシの時間を無駄にする。 本当のところは、月曜には昼過ぎにひとつ会議が入っているだけで、後は本来業務を進めるのが急務という状況なので、その気になればその突発的な夜の会議には時間をやり繰りして参加出来るだろうけれども、しかし結局はワタシのやる気が無いという事なのである。 このあいだ、金曜にも同様に会議があったのだけれども、あれは全く行くんじゃなかったと大後悔した程、無意味な会議であった。別の用事で少し遅れて行ったのだけれども、その頃には人々はだらだらと世間話に毛が生えたようなお喋りをしていて、実際具体的な話はひとつも出て来なかった。 そのうちひとりふたりと途中退席する人が出て来て、その人々が別れを惜しんでいるのか、更に個人的などうでも良い話で引き止め合ったりしている様子を見ながら、ワタシは段々苛々して来た。遅れて来ておいて難ですが、ワタシもそろそろ退散しなければならないので、ワタシたちが今後どうするつもりなのか、また今後何が起こるのか、具体的に教えていただけますか、と聞く。 すると彼らは、ある委員会に代表者をひとり選出して座らせる為に、請願書を出す、という事で皆賛成した、と言う。二時間近く掛けて結局決めたのは、その一点のみなのである。しかもそんなのは誰だって反対などしそうにない話なので、請願書など単なるお役所的事務取引に過ぎない。 それだけかと聞く。ああ、皆不満はないだろう?とこの会議の提案者である某新人君は言う。 ワタシはこの会議でもって漸く、嗚呼ワタシは時間の使い方をもっと上手くしなけりゃならないと、改めて反省したのである。優先順位をしっかり付けて物事を処理しなければ、ワタシはいつまで経っても今のままのちっぽけな「歯車」でしかない。 世の中には こんな事ではいけない。自分の人生の優先順位をしっかり付けなけりゃ、いつまでたっても他人から使われっぱなしではないか。 だからワタシは、今回のこの突発的会議の提案についても、どういう内容でそもそも会議が必要なのかと問うた。 怒らせたかも知れない。それについての返事は無かった。 ただ、集まれる人だけ、月曜の夜集まってくれ、とメールが回って来た。彼是と煩いワタシの事は放っておいて、こっちだけでやるさ、と言っているのかも知れない。 それはまたそれで、好都合な事ではある。ワタシもこの件に付いては、一切タダ働きである。報酬も貰わないのに、こちらの貴重な時間すら尊重しないようでは、堪らない。 気が付くと、日がどんどん経って行く。 仕事を選り好みして、やるべきものだけやる、という方針で暫くやって見る事にする。
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