せらび
c'est la vie
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みぃ


2005年02月09日(水) 蟹座の気違い男、その五

丁度その頃、あるインターネットの掲示板で、ちょっとした意見の食い違いがあった。

ワタシはその頃書き込みはしていなかったのだけれど、奴はどういう訳だか勘違いをして、その反対意見を述べて奴に突っかかっているのは、どれもワタシが別名を使ってやっているものと判断したらしい。それで、アンタだってことは分かってるんだ、いい加減にしなさい!などと一人で興奮して書き込んでいた。

彼の投稿の中には、ワタシの普段の生活や個人事情などをほのめかした文章も多かったので、知らない人にとっては思わせ振りで、このオヤジは何を訳の分からぬ事を言っているのだ、と茶化す投稿者もあったが、しかしそれでもその話題は長々と続いていた。

そうして奴は、すっかり勘違いしたまま、どんどん妄想をエスカレートさせていった。誰も返事をしなくても、どうした痛いところを突かれたから返事に窮しているのか、とか俺はちゃんと分かっているんだ、などとひとりで納得しながら、ひとりで日に何度も書き込みをして、いつまでも大騒ぎを続けている。

それは、当初傍で見ている分には中々面白い様子だったが、しかしそれが長引いてきて、奴の更なる混乱振りが露骨に見えるようになって来ると、ワタシは段々気味が悪くなってきた。これは冗談ではなくて、本当の病気なのかも知れない。


ある日遅く、奴からメールが来た。

そこには、「このような状態が続くようでは、お互いの為に良くありませんので、出来るだけ早く次のアパートを探して出て行って下さい。よろしくお願いします」と書かれていた。そして、どこかのサイトからコピーしてきた、同居人募集という情報が幾つか貼り付けてあり、これを参考にして下さい、とあった。

ワタシは直に返事を打った。


一体何がお気に召さなかったのか分からないので、困っています。「このような状態」とありますが、一体どのような状態が起こっているのか分かりませんし、同居人として何か不都合があったのなら、遠慮なく仰って下されば、こちらも改善するなど対応の仕様がありますが、そう突然出て行けと言われてましても、こちらの都合もありますので、一先ずどういう事なのか、理由を説明して頂きたいと思います。


すると奴は、こうするのがお互いの為です、お願いですから勘弁してください、と返事を遣した。


ワタシは俄かに、それまで何事も無かったかのように接してきたこの人々が、実は腹に何やら抱えていたのかも知れないという事に思い至り、何やら不信感に駆られてきた。

例えダンナが気が触れていたとしても、せめて奥さんがそれをそこで食い止めて、他人のワタシに迷惑を被らせないようにしてくれるだろうと思っていたのだが、それすらも無いところを見ると、どうやら奥さんも同様にワタシに出て行って貰いたいと思っているのだろうか。これまでああしてにこやかに挨拶をしたり、世間話などしたりして、全くそんな様子は見せなかった癖に、なんと気味の悪い人だろう。これが日本的対処法という事か。


ワタシはそれから、仕事の合間を縫って部屋探しを始めた。出来るだけ家には居ないようにして、仕事も持ち帰らず居残ってやるようにした。

相変わらず子供は良く懐いていたので心苦しかったが、これ以上懐いては後で別れる時に可哀想だと、幾ら遊んでとおねだりされても、極力応じないように心掛けた。

ニヶ月程経って、漸く手頃なアパートが見つかった。次の同居人となる人は中々好人物そうだったので、翌月からそこにお世話になる事に決めた。



その日の夜、夕食後の夫婦を前に、切り出した。

予てより出て行ってくれとの事でしたので、これまで部屋探しをしていたのですけれど、この度漸く手頃な所が見つかりましたので、今月一杯で出て行く事にします。それでもし特に問題が無ければ、既にお支払いした敷金を返していただく代わりに、最終月である今月分の家賃に充てて頂ければ、お互い後々の面倒が無くてよろしいと思うのですが、いかがでしょうか。

すると奴は、それはそれは、実は夏に親戚が訪ねて来る事になって、寝る場所を都合付けなけりゃと思っていたから、それまでには出て行って貰わなくてはと話していたところだったのだよあははは、などと見え透いた言い訳をした。

どうやら、以前の同居人たちを追い出す時に色々と苦し紛れの言い訳をしたものだ、とワタシに話した事を、すっかり忘れているらしい。この期に及んで、みっとも無い男である。

さっさと挨拶を済ませると、ワタシは自室へ戻って、友人たちにメールを打った。

同居人の嫌がらせに閉口して遂に出て行く事にしたのだけれど、今より狭い部屋に移るから少し家財道具を減らそうと思うので、このリストの中に気に入ったのがあったら、連絡を下さい。


ワタシはこの時点でまだ、その友人らの中に「密偵」が居た事に気付いていなかった。

つづく。


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