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みぃ
訴訟其の一、第九話。 補修工事については、それぞれにダメージの度合い別のランクが付けられる。ワタシの家のバスルーム天井部については、そのうちの最重要課題、至急修繕が必要という意味のDランクと判定され、また部屋の幾つもの穴に関しては、単に穴を埋めるだけでなく新たな木枠や板を張り替える必要があるとの事でCランクと判定された。 他の住民宅でも同様に調査が進み、主にBとかCランクの修理項目が出揃った。これを持ってして、判事は大家に対して修理の義務を果たすよう命令を下した。 この裁判に関わった市の弁護士や裁判所の事務官らとの裏話を総合すると、どうやらこの大家は「悪徳大家」として、裁判所でも随分知れ渡っているとの事だった。そして裁判も、ワタシたちの件が初めてではなかった。 尤も集団で住民が訴えた判例としては、これがこの大家にとって初めてだったので、この大家の悪徳振りがいよいよ判事らに大いに印象付けられたのは事実である。 裁判所内には、過去数年間の裁判暦が調べられる便利な機械が設置されている。これに拠れば、この大家は既に何件も訴えられており、その殆どは彼が修理の義務を果たしていない為に、部屋が居住不可能で危険な状態のまま放置されていて、裁判所から強制的に修理をするよう判決が出ていた。またそれにも従わないので、市が修理を代行して、その支払いを後から大家に請求するという方法で執行されているものも幾つかあった。 そういえば、過去に訴えを起こして修理させて、当時まだ住み続けていた住民もいた。彼らはなぜワタシたちの暖房に関する訴えから途中で手を引いたのだろう。彼らの過去の訴えと比べて、大した問題では無いと見做されたのだろうか。これは未だに疑問ではある。 まあ、何にせよそういう訳で、裁判所の人々は一様にワタシたちの味方だった。今回の件でも、判事は先ず、住民一人一人にスケジュールを聞いて、修理の日程を組んだ。そしてもしこの日に修理が来なかったら、また裁判所へ戻っていらっしゃい、大家がやるべき事をちゃんとやるまで、裁判を続けましょう、と言ったから、それはそれで心強かった。 ダメージの大きい世帯から修理は始まったので、ワタシのアパートは日程の初めの方で組まれていた。 結論から言うと、途中まで修理して、後は時間切れだから又明日来ると言って、明日と言われてもワタシは都合があるし、などと問答をしている間に修理工たちは帰ってしまった。そして別の修理の予定日には、とうとう誰もやって来なかった。 他の住民宅も来たり来なかったりという状態だったので、ワタシたちは再び裁判所へ出向いて、一旦決着が付いた訴訟をまた差し戻した。そして新たな修理の日程を組んで貰って、今度こそとその日を待つが、しかしまた来ないのでまたも裁判所へ出掛けては新たに日程を組む、というような亀の前進的作業を何度か繰り返した。 そのうちやっと、どこか一箇所だけふらっと直しに来た。そうして気の長い話だけれど、徐々に徐々に、やっと少しずつ直ってきて、もう好い加減強情を張らないで一気に直してしまえば良いのに馬鹿だねえなどと噂している間に、ある日とんでもない事が起こった。 訴訟其の一、第十話へつづく。
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