せらび
c'est la vie
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みぃ


2004年11月12日(金) 今朝の珈琲は妙に水っぽくて不味かった、訴訟其の一、第五話

訴訟其の一、第五話。

まず大家は、店子のうち、簡単に落ちそうだと思われた者から崩しに掛かった。それで署名した店子のうち何人かは、やはり抜けると言って来た。

対抗してワタシたちは、陳情書のコピーを市の管轄当局と市長、市の事務長官らへ送りつけ、ワタシたちが暖房も無いまま寒波の厳しい冬に晒されている窮状を訴えた。

それらの手紙のコピーも逐一大家に送り付けておいたから、今度はこの運動に参加しているワタシたち一人一人に対して、嫌がらせを仕掛けてきた。

ある者は外で待ち伏せしていた大家に腕を捕まれ、車に連れ込まれ、署名を取り消せと脅された。ある者は、署名を取り消さないと其処には住めないようにしてやる等といった脅迫電話が、日に何度も掛かって来て、電話のメッセージ機能がパンク状態だった。ある者は、住む処を探している友人を暫く家に泊めていたら、許可なしに同居人を連れ込んでいる等と言い掛かりを付けられ、そいつを追い出さないと家賃を上げるだのいっそ出て行ってもらうだのとしつこく嫌がらせが続いた。

また数人のところには、自宅に大家が押しかけてきて遂に侵入し、運動から手を引けと怒鳴り散らし、実はあの女(ワタシの事ね)に脅迫され署名させられたのだという嘘の内容の書類に無理矢理署名させられた。

これにはワタシも驚いて、そういう嘘の供述を続けるならこちらも相応の手段を取らねばならないから、そうなる前に元の友好的隣人関係を取り戻すべくご連絡を請う、とそれぞれに手紙を送って取り消させたりしたので、随分手間が掛かった。

しかし大家は何しろ相手を良く見ていて、それぞれに相応の手段を講じていた。そしてその一部は非常に効果的であったから、脱落者が続いたし、また残ったものも精神的な疲労が激しかった。

ワタシ個人に対しては、例えば電話で、お前が皆を丸め込んだのは分かっている、お前のボスに言い付けてやる、等と脅してきたり、また隣家のお姉さんが夜中に管理人から怒鳴られているのを聞き付けてドアを開け何事かと聞いた折には、管理人がそれを大家に言い付けたので、そういう「営業妨害」を止めないと訴えるぞ、等の脅しの手紙を送りつけてきたりした。

しかしこちらも、そういう一連の脅しの手紙などをまとめて、市当局に加えて市議会の地区選出議員、その上の議会の市選出議員や国会議員、果ては日本大使館にまで送り付け、救済を求めた。テレビ局への投稿も考えたが、これには別の政治的思惑も介入しかねないと言う事で、却下した。

勿論、これらの一見無関係な機関に訴えているのは、心理作戦の一つである。こうして手紙を送りつけた各機関のうち、実際にはほんの少数しか返事をくれなかったり、また実際に協力してくれなかったりしたのは、元々計算の上である。重要なのは、こうして彼方此方に知らしめている手紙の写しを大家にも送り付ける事に拠って、大家を焦らせる事であり、裁判に持っていかずとも彼に暖房を供給させるのが、ワタシ(たち)の狙いであった。

だって裁判になったら、どう考えても面倒だもの。何しろ相手はプロの弁護士が付いている訳で、片やこちらはド素人の集団である。毎日法廷に出向く事で金を貰っている人と、そんな事とは全く無関係に暮らしている一小市民のワタシの付け焼刃の法律の知識なぞ、所詮比べ物にはならない。それはつまり、インターネットに出ているものと裁判所がまとめた冊子等の資料で賄っている知識であって、それはまるで鼻毛にくっついた鼻糞程度のものでしか無い。


しかしその願いも空しく、一月の下旬になっても二月になっても、暖房は充分に供給されなかった。ワタシたちは、既に陳情書の予告に従い、家賃の支払いを停止した。

こうもプライドの高い男が相手だと、話は拗れるばかりである。男の粘着質なのは、全く始末が悪い。

どうやらワタシたちの住む建物の一方では、バスルームのみ暖房が入るが部屋には入らず、そして建物のもう一方では、バスルームとそれに近いダイニング・キッチンには暖房が入るが奥の部屋には届かない、という状態だったようだ。だから、ワタシのアパートを含めた、バスルームのみ暖房が入っている側の住民に取っては大変深刻な寒さが続いているが、反対側のアパートの住民に取ってはそれ程でもなく、奥の部屋を使わずにダイニング・キッチンで寝る様に算段すればそれで済む程度の問題だったようだ。

勿論、多額の家賃を払っているのだから全ての部屋が使えなくては困るのだが、彼らにとっては比較的生活に支障が無いようだった。それで署名運動からの脱落者の多くは、そちら側の住民という結果になった。

結局残されたワタシたちは、いよいよ裁判を起こす事に決定した。何しろ大家に、やれるものならやってみろ、という態度が満ち溢れていたからだ。

訴訟其の一、第六話へつづく。


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