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■ マツダイラ外伝「範子と慶喜」(その1)
2005年12月13日(火)
■女が歳を感じるとき
慶喜は、夜の繁華街に向かっていた。街のネオンや街頭の光が、ワックスで磨き上げられた彼の黒いRX−7のボディを流れ、その女性的なプロポーションを一層引き立てていた。クルマは郊外の通りを滑らかな動きで走り去ると、やがて夜を楽しむ者たちが集まる繁華街へと入っていく。 水温計がようやく適温になり、ヒーターの風が暖かくなり始めた頃、慶喜はハザードランプを点灯して、大通りの一角にクルマを寄せて停車した。そこは大通りから飲み屋街へと入っていく道との交差点で、週末の仕事を終えこれから豪遊する人々が飲み屋街へと流れ込んでいた。 窓から外を見回してみたが、まだ範子は来ていないようだった。慶喜はバックミラーを見ながら、深々と被った黒い毛糸の帽子を被り直すと、運転席の両側から出てくるヒーターの暖かい風に両手をかざし、手を温めた。家を出てから数分のうちにここに到着したため、革張りのステアリングとチタン製のシフトレバーはまだ冷たかった。
カーステレオからハードロックが流れる車内は、エンジンをかけたままの状態だったので、程なくして身体の芯まで暖まるほどになってきた。慶喜が赤いレカロのシートに身体を沈ませながら、かなり長い時間通りを行き交う人々を眺めていると、ようやく飲屋街の奥から、範子が数人の友人たちと共に歩いてくるのを発見した。 範子は女性のわりに背が高く、淡いピンク色のカシミヤのハーフコートを着ていて、その上にワインレッドのマフラーを巻き、下は寒い夜だというのにバーバリー柄のミニスカートを履き、そこからすらりと長い足が伸びていた。そのまるで自信に満ち溢れたような優雅で上品な歩き方は、彼女がレースクイーンであることを再認識させられる。友人との会話が弾んでいるのか、楽しげに首を横に振るたびに長い髪が滑らかに揺らめくその姿は、人通りが多い繁華街でも一際目立っているように思えた。
範子は慶喜のクルマに気づき、友人たちと笑いながらクルマの方に近づいてきたが、クルマの前まで来ると、慶喜に手を振りながらも、一向にクルマに乗り込む気配がなく、相変わらずその場で友人たちと立ち話をしていた。その嬉々とした話し声はクルマの中の慶喜にもかすかに聞こえていた。どうやら範子の友人が慶喜のRX−7を気に入り、そんな“カッコイイ”スポーツカーでのお出迎えに羨ましがっているようだった。範子は自分のクルマではないからと言いながらも、言われてかなりご機嫌のようだった。慶喜はもうこういった状況には慣れっこなのか、再びシートに身体を沈ませて両手を頭の後ろに回すと、ハードロック鑑賞にふけった。
範子がクルマに前まで来てからおよそ15分ほどして、ようやく助手席のドアが開けられた。範子は車高の低いRX−7にお尻から乗り込み、上品に長い両足を車内に折りたたみ、ドアを閉めた。途端に車内は甘い香りで包まれる。範子はクルマに乗り込んでも、ウィンドウを開けて外にいる友人に愛想を振りまいた。まるでまだまだ話は尽きることがないといった感じだ。範子の友人が窓越しに運転席の慶喜に挨拶をし、慶喜も軽く会釈して応えた。そして範子はドア越しに友人と手を振り合い、ようやくウィンドウを締めた。
「ごめんね〜!」範子はようやく迎えに来た慶喜の方を向くと、そのまま慶喜の首に両腕を回して唇にキスをした。範子の甘い香水の匂いがより鮮明になるが、慶喜の下唇を吸い込むような範子の大胆で濃厚なキスは、かなりお酒臭いものだった。 「人に見られるって!」慶喜はキスもそこそこに範子を押し戻した。 「いいじゃん別に見られたって〜!」範子は不機嫌そうに頬をふくらませながらシートベルトを着用した。 「待ちくたびれたから怒ってるんでしょ!」 「別に怒ってないって。CD聴いてたし。」慶喜はそう言ってハザードランプを消し、サイドブレーキを戻してギアを入れ、クルマを発進させた。 「エアロスミスじゃん。新譜?」範子はダッシュボードの上に置かれたCDジャケットを手に取った。 「うん、今日買ってきたばかりだよ。」 「へえ〜!今度貸してよ」範子はCDジャケットの文字を熱心に目で追っていた。 「ああ、一通り聴いたら貸してあげるよ。」慶喜は、範子がそのCDに興味を持ったのが少し嬉しかったのか、正面を向いたまま笑みがこぼれた。
「立ち話していたらすっかり冷えちゃった!」範子は両手を擦りながら息を吹きかけたり、エアコンの吹出口に手をかざしたりして両手を暖め始めた。 「そりゃノリちゃんミニスカートだもん、寒いに決まってるじゃん。よくそんな恰好で平気だよね。」慶喜は笑いながらそう言った。 「いや、油断したよ。パンツにしておけば良かった。」 「まあ、ノリちゃんは仕事でも真冬に水着姿になったりするし、慣れているのか。」 「そんなことはないよ、寒いもんは寒い。」範子もおどけながら答えた。 「へえ、そうなんだ。女の人は結構ミニスカートでも平気なのかと。」 「う〜ん、まあ、10代の頃とか、20代前半までは平気だったよ。」 「へえ〜そうなんだ!」慶喜は意外そうな顔つきでちらりと範子の方を見た。 「うん。数年前にね、寒い日に生足にミニスカート履いて出かけようとしたら、お母さんに『あんたなんて恰好してるの!それじゃ足が寒いでしょう!』って言われて、『何で足が寒いの〜?足なんて顔が寒くないのと同じで寒いわけないじゃ〜ん!』って言ったことがあるのよね。」 「……はははは、それは女の人だからだろうなあ。」慶喜は苦笑した。 「そうそう、でね、その時にお母さんに、『そりゃまだあんたが若いからだよ』って言われたんだけど、最近その言葉の意味がわかったよ!」範子は楽しそうに話を続けた。 「はははは、そうなんだ」慶喜は何て答えていいのかわからず笑ってごまかした。 「うん、やっぱり足は寒いわ。若い頃は足が寒いなんて思ったこともなかったけど、私ももう25だからねえ、若くはないんだなあって実感するようになったね。」 「そう言えば、真冬でも半袖半ズボンの小学生とかよくいたよね。」 「そうそう!私が小学生の時もいたいた!」 「やたら気合い入ってたよなあ。」 「今思うと不思議よね。ジャージとか着ればいいのに。」範子は楽しそうにはしゃいだ。
「……話変わるけど、この後どうする?このままどっかドライブにでも行く?」 「……寒いからドライブはいいや。松平くんちで温かい紅茶飲みたいな。」 「ああ、そういや昨日新しくアールグレイ買っておいたよ。」 「やった!じゃあそれ飲もう!」
2人を乗せたクルマは、夜の街を抜け、郊外へと走り去っていった。
(完)
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