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■ マツダイラ外伝「範子と慶喜」(その2)
2005年12月14日(水)
■男が女を守るとき
「ねえ……」範子は慶喜の隣で、うつぶせの状態で慶喜の腕を枕にし、露わになった肩ごしにとろんとした視線を向け、気だるそうな声を出した。慶喜の腕に、範子の温かい息がかかる。 「……何?」慶喜はしばらく仰向けで天井を見つめたまま心地よい疲労感に浸っていたが、範子の声に、身体を横に向けた。2人の顔の距離は、お互いの鼻と鼻がくっつきそうなほど近づいた。 「私と2人で夜道を歩いていて、突然2人組の男に因縁つけられたりしたら、松平君はどうする?」範子は上目遣いに慶喜を見つめながらそう言った。 「どうしたの急に……」慶喜はそう言いながら、露出した白く透き通るような範子の背中に、そっと布団を掛けた。 「うん、ふと思っただけ。どうするのかなあって。」
「そうだな、オレが盾になって、ノリちゃんを逃がそうとするかな。」慶喜は答えた。 「おお、頼もしいじゃん。」範子は潤んでいた目を丸くした。 「うん、だってさ、男だったら殴られたりするだけで済むけど、女の子の場合はそれだけじゃ済まないじゃん。レイプとかされそうでコワイし……。」 「……そうだよねえ、女はそれがコワイね。」 「うん、だからとにかく、何としてもノリちゃんを逃がすよ。オレがその2人組を何とか引き留めて、ノリちゃんに『逃げろ!』って叫んで、ノリちゃんが見えなくなるまでは耐えるよ。」 「耐えられるの?」範子は意地悪そうに聞き返した。 「まあ、何とかなるんじゃない?オレも別に腕っぷしに自信あるわけじゃないけどさ、一応鍛えているし、2〜3発殴られてもそれほど痛くはないと思うよ。」 「え〜!痛いでしょう!」範子は笑った。 「いや、そう言うときはね、結構アドレナリンが分泌されているから、それほど殴られても痛みは感じないと思うよ。そりゃみぞおちとか食らったら苦しいだろうけど。」 「だめじゃん」
「……あとは、ハッタリをかますかな。」慶喜は一瞬考えて付け足した。 「ハッタリ?」範子は興味深そうに聞き返した。 「うん。以前テレビで護身術が紹介されてたんだけど、その中で胸ぐらを捕まれたときの返し方をやってて、それだけは覚えてるんだよね。」 「へえ!どんなやつ?」範子は目を輝かせた。 「ちょっと手を出してみて。」慶喜に言われて、範子はうつぶせの状態から身体を慶喜の方に向け、布団の中から片手を差し出した。 「例えばノリちゃんがこうやってオレの胸ぐらを掴んだとするでしょ?」慶喜は範子の手を自分の胸元に押し当てた。慶喜の厚い素肌の胸板に、範子のひんやりとした手の冷たさが伝わった。 「そしたら、胸ぐら掴んだ手の親指の付け根のあたりと小指の付け根のあたりをすばやく両手でガッ!て掴んで、逆側にひねるんだよ。そうすると相手はいきなり腕をひねられて痛いから、反射的に身体をその方向に持っていこうとするんだよ。だからその力を利用して、そのまま相手の腕ごと自分の方に引き寄せながらひねり倒すと、相手は痛くて倒れ込んでしまうんだよ。」 「へえ〜!すご〜い!ちょっと松平君の手を貸して!」範子はそう言って慶喜の手を両手で持つと、そのまま慶喜に言われた通り、彼の腕を逆にひねった。 「いたたたた!痛いってノリちゃん!」慶喜はたまらず悲鳴を挙げた。 「きゃははは!ほんとだ〜!すごいすごい!」範子は無邪気にはしゃいだ。 「ね?結構使えるでしょ?」慶喜はひねられた腕を逆の手で押さえた。 「うん!私にもできるかも!」 「……まあ、あまり女の子の胸ぐらを掴む男はいないだろうけどね。」 「それもそうか」 「でも、もしやるんだったら、素早くやらないとダメだよ。胸ぐらを捕まれたら、すぐに両手でガッ!て相手の手を掴んですぐに逆にひねる。まごまごしていたら手を外されちゃうからね。」 「素早くね!わかった!」
「で、話を戻すけど、このやり方で1人をひねり倒したら、コイツ強いのか?って相手に思わせることはできると思うんだよね。少なくとも一瞬躊躇はするはずだよ。」 「うん、確かにそうかもね。」 「あとは、パンチよりも蹴りだね。」 「へえ!そうなんだ!」 「パンチよりも蹴りの方がリーチも長いし、相手のパンチをかわしながら蹴られるじゃん。いざとなったら急所を蹴ってもいいし、腹を蹴ってもいいし、弁慶の泣き所(足のすね)を蹴ってもいいし、下手にパンチを出すよりは、かなりのダメージを与えられると思うよ。」 「……うーん、確かに。」範子は感心して頷いた。 「あとは、ノリちゃんが安全なところまで逃げられたら、オレも逃げるよ。」 「あら、最後まで戦わないのか!」範子は笑った。 「そりゃそうだよ。別にケンカに自信あるわけじゃないし、怪我したくないし。意地張って戦い続ける必要なんてないじゃん。逃げるが勝ちって言うだろ?」 「なるほどね。」
「満足のいく回答でしたか?」慶喜は範子に聞き返した。 「うん!満足!弱いけど体を張って必死に守ってくれるから気に入った!」 「弱いって言うなよ……弱いけど……」慶喜は苦笑した。 「あははは!ウソウソ!頼もしいよ!」範子はそう言って慶喜の背中に両手を回して抱きしめた。範子の身体が慶喜に密着し、範子のふくよかで柔らかい乳房が慶喜の胸に押しつけられる。 「暖かい……」範子はつぶやいた。 「……うん、暖かいね」慶喜も囁くように答えた。 「眠るまでこうしてて……。」範子は一層強く慶喜を抱きしめた。 「うん、いいよ。」慶喜はそう言って、範子の背中を抱き返した。しかし、範子の髪の毛が顔に触れて少しくすぐったかったので、何とか範子の頭の上に顔を出し、少し顎を上げた状態の無理な姿勢で範子の頭を自分の胸元に抱え込んだ。そしてそのままじっと動かずに、範子が寝付くのを待ち続けた。
程なくして、範子の小さな可愛らしい寝息が聞こえ始めた。
(完)
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