ここのところ、妻は洟をひっきりなしにかんでいました。先日来続いていた頭痛が、蓄膿症などの鼻の不調と関連があるのではないかと心配し、医者にかかりたいと言われました。 「薬は飲めないけど、鼻の中を洗浄してもらえたら、すっきりするし」 そこで、近所の耳鼻科へ行きました。まず、問診表に自分で記入します。下の方に、「妊娠している方 → か月」と書く欄がありましたので、妻は「4」と書きこみました。 病院がとても苦手な妻は、待合室で待っているあいだも、「やっぱり帰ろうか。こんなことで来て、なんて怒られそうだし」と言っていました。そして、やっぱりひっきりなしに洟をかんでいました。 名前が呼ばれ、妻は診察室に入っていきました。耳をそばだてていると、何やらやりとりがあってから、吸入をすることになったようでした。しばらくすると、すっきりとした顔になって出てきました。 「どうだった?」 「鼻炎だって。洟が透明だから蓄膿ではないって。薬品入りの吸入をしたら、すっきりしたよ」と言いました。 「薬は?」 「出るって」 「飲み薬?」 「うん」 「妊娠しててもいいのかな。先生は妊娠のことわかっているのかな」 「そりゃあ、わかってるんじゃない。ちゃんと、『4か月』って書いたんだから」 そんな話をしていると、先生が診察室から出てきて、待合室を横切って、奥に入っていきました。 それから受付で名前を呼ばれました。 「処方箋が出ています」 と言って差し出された紙を見ると、2種類の飲み薬が7日分も処方されていました。 「あのお、妊娠しているんですけど、この薬飲んでもいいんですか」とぼくは聞きました。受付の人は 「先生にお話しましたか」と妻に向かって言いました。 「いえ。問診表には書きましたけど」 「ちょっと待ってください」と言って、受付の人は先生に内線電話をかけました。 「今、先生がいらっしゃいます」と言われて、ぼくたちは腰掛けて待っていました。すると、先生がやってきて、こちらを見ずに前を通り、診察室へ入っていきました。 ぼくは、どうも、感じが悪いなと思いました。 再び診察室に呼ばれて妻は入って行きました。少しして戻ってくると 「飲み薬はやめて、吸入する薬にするって。でも、1日4回の薬だけど、2回くらいにしてくださいだって」 ぼくは、何ていいかげんなんだろう。もし、気づかずに薬を服用したら、大変なことになったかもしれないのに。と思い、怒りを表明しようかと思いました。しかし、妻がちっとも怒っていなかったので、ここでぼくが怒ったりしたら、逆に妻に不快な思いをさせてしまうのではないかと考え、怒らないことにしました。
医院を出ると妻は言いました。 「吸入薬も買いに行かないつもりだよ」 「そうか。最初の薬も、結局、処方されても飲まなかったか」 「うん」 「でも、あのお医者さん、感じ悪くなかった? 怒ろうかと思ったよ。こっちを見もしないでさ」 「ああ。あれは、恥ずかしかったんだと思う。なんか、早口だったし、目を合わせないし。とても人見知りをする人だったんじゃないかな」 「そうだったんだ」 「それに、ちゃんと『うっかりしてました』って謝ってくれたよ。ちゃんと、診察室で。あんなとき、電話だけで済ましちゃう先生もいるんじゃないかな」 「そうか、じゃあ、怒らなくてよかったよ。でも、薬のことは自分で気をつけなくちゃいけないね」 「うん」
自宅出産に限ったことではないと思いますが、他人任せにしないで、自分で注意を怠らないことが大切だなと、改めて思った日でした。まあ、どのみち、妻は薬を飲む気はさらさらなかったようなので、処方箋ごときに目くじらを立たせることはなかったのかもしれませんが。
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