HARUKI’s angry diary
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2009年09月24日(木) 山形紀行

9月20日(日)
連休二日目の上りの高速はまず混んでいないだろうという予想の元(←読みが甘いんだ、これが←翌日出勤だけどな)、「どっか行くべ〜」という話になった。
HARUKI姉が「山形観光特集」をやっていたJAFの機関誌を熟読した結果、3箇所が候補に挙がった。
1、上山城
2、上杉神社
3、日本一の田園風景

HARUKI的には米沢にある上杉神社しか認識できなかったので(←おーい!)おまかせすることにした。

というわけで米沢に向かう途中の上山というところへ。

温泉もある上山は、とてもこじんまりしたところだった。
周囲には武家屋敷跡などもあり、おそらく散策して回るにはいいところかもしれない。←だったら、やれよぉ

上山城は、最上氏の最南端の城塞であり、米沢の伊達氏や上杉氏との攻防の舞台となりました。最上家改易の後は歴代藩主の居城となりましたが、城下町まで含めた諸施設が整ったのは土岐氏の治政下で、月岡・天神森にそびえる壮麗な城郭は「羽州の名城」として広く知れわたりました。しかし、元禄五年(1692)土岐氏の転封と共に、幕府により取り壊され、現在は堀跡や石垣が当時の名残をとどめています。
 現在の上山城は、映像など多彩な展示方法を取り入れた郷土歴史資料館です。(サイト上山城より引用抜粋)


が、所詮車で回っているHARUKI達だったから、お城を駆け足で見て回って終了。←ダメじゃん!

次なる目的地「日本一の田園風景」なる場所。
これは農林水産省がやっている「美しい日本のむら景観コンテスト」の第一回農林水産大臣賞を受賞した飯豊町(←“いいでまち”と読む)豊原というところ。

雑誌を見ながらクマがうなっていた。
クマ「ナビの目的地を観光案内所にすればいいかなぁ」
HARUKI「観光案内所って普通、役所か駅にあるんじゃね?」
クマ「多分、これだと駅だと思う」
HARUKI姉「写真見るとすごいステキなとこだよ」
クマ「とりあえず行ってみよう」

簡単にいうと山形→上山→米沢と南に下って行くのだが、米沢よりもさらに南に行った西側に位置している。
途中寄り道をしなければ、山形からほぼ1時間。

国道を延々走り、飯豊町に入った。
するとクマが大好きな(笑)道の駅、発見。

どこにあっても道の駅は道の駅(笑)。
農産物、特産品販売所とお休み所は充実している。
クマとHARUKI姉がインフォメーションデスクのようなところで「日本一の田園風景」の場所を尋ねている間に、HARUKIは店内をうろつくことに。

見ると「いも煮カレーパン」というノボリ旗がめちゃめちゃたくさんはためいているではないか。

なんで、いも煮とカレーパンをくっつけてるんだよっ!いも煮はいも煮、カレーパンはカレーパンだろっ!(怒)
っていうか、なんでどこ行っても山形はカレーパンなんだよっ!(激怒)

と一人でムカついていると(←HARUKIはカレーが嫌い)、なんと!いも煮が入っているカレーパンということが判明。

ひえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。

桜海老カレーパンといい、マグロカレーパンといい、みかんカレーパンといい、山形の人は“カレーパンをスで食べると損だ”くらいのことを思っているに違いない、と勝手に理解したHARUKIであった(笑)。←絶対違うと思う

さて、道の駅で教えてもらった通りに集落を抜け、なんちゃら園という今はやっていないユリ園の大きな門扉を勝手に通り越し、車は山道を登って行った。
そして「ここからは車は入れません」という標識の前で車を止め、徒歩で山の頂上の方へ。

いきなり視界が開けた。
するとそこには雑誌に掲載されていたような(笑)美しい田園風景が広がっていた。

ほーーーーーー。

クマ「おもひでぽろぽろ(←宮崎アニメね)の舞台、ここじゃないかなぁ」
一同:無言←知らないし
HARUKI「一体なんなの?その“美しい日本のむら景観コンテスト”って?」
一同:無言←知らないし
HARUKI「一回で終わっちゃったコンテストだったりして?」
一同:無言←もちろん誰も知らないし
HARUKI「日本中に美しいむらの景色ってありそうじゃん?」
一同:無言の同意

ま、ぐちゃぐちゃ言ってはみたが、この美しい風景の前ではむなしく響いたことを明記しておく(笑)。

ちなみに、ネットで検索したところ、このコンテストは第11回(平成14年までね)まで行われており、賞もいろいろ種類があり、東京都と鳥取県以外の殆どの道府県の必ずどっかの地域が何かしらの賞を受賞しているものであることがわかった。

次に目指すは米沢の上杉神社というか昼飯(笑)。
HARUKI姉が「神社にある上杉伯爵邸で郷土料理を食べよう」と、店に予約の電話を入れた。

また延々国道を走り、1時間弱で到着。
神社そばの駐車場は満杯。周囲の道路にも車があふれている。
そして、すげーー人。

これまで殆ど観光客などいないところを回っていたHARUKI達は、正直驚いた。

いやいやいや。渋滞70キロになるほど東北方面に向かっていた車がいたんだから、そりゃ、どっかにその人たちがいないとおかしいわな(笑)。

で、上杉神社とは

祭神は戦国時代の名将で、米沢藩の藩祖ととして崇敬されている上杉謙信です。江戸時代、謙信の遺骸は米沢城本丸の南東隅にあった御堂に安置され、歴代藩主の位牌と共に、真言宗寺院により手厚く祀られていました。
 明治になって、仏式から神式に改められ、明治5年に謙信・鷹山を祭神とする上杉神社の神号が許され、同9年に米沢城本丸跡(現在地)に社殿が建てられました。(大河ドラマ「天地人」米沢市推進協議会ホームページより引用抜粋)


なんだそうだ。

上杉鷹山の「なせばなる、なさねばならぬ…うんぬんかんぬん」という名言が確か有名だったような気がするが。←HARUKIはよー知らん

で、飯。(→右写真 上杉伯爵邸)

今をさかのぼること約二〇〇年前。上杉家十代藩主上杉鷹山公は、凶作に備える施策として「かてもの」という食の手引書を編纂し藩内に配付しました。
 その「かてもの」には山野に生える草木果実の中から約八〇種が選ばれ、食法や栽培方法など懇切に記されており、後の飢饉で大いに役立ったことは言うまでもありません。
 山国米沢。その独特の郷土料理は、まさにこの「かてもの」から受け継がれた知恵と工夫の賜物なのです。 山菜・野草・鯉など、米沢づくしの一品一品をかみしめながら、しばし、歴史の余韻に想いをはせ、季節の情感に心和むひとときをお過ごしください。(サイト上杉伯爵邸より引用抜粋)


←左写真 うこぎのご飯、いも煮、あけびとお麩の蒲焼など盛りだくさん

とは言え、やっぱり山形まで来たんだから、山形牛を食べないといかん!というわけで、山形牛か米沢牛のステーキを1人前頼んで皆でわけようという話になった。
うーーーん、で、なんでこんなにお高いわけ?(滝汗)

クマが言った。

「これだけの値段だしたら松阪牛食えるぞ」

確かに、確かに。←おーい!
多少けちって(笑)、ちょっちお安い方の山形牛のステーキに決定。

腹ごしらえもすみ「一応お参りするかぁ」と神社の境内へ歩いていくと、お社の前が、すげーー行列。

初詣じゃないんだから!(笑)

おまけに例の「愛」の文字がついたかぶとを展示してるという宝物館(?)も外まで行列してる。

別に信心深くもないし、大河ドラマも見ていない一同はそのままUターン(笑)。←こらこら

屋台などひやかしていると長髪をポニーテールにし、ヒゲをはやして、サングラスをかけた(←これだけで十分怪しいけど…笑)すげーー見慣れたオヤジが若いねーちゃんとうろついているのを発見。

HARUKI「あぁぁぁ、いつもゴール裏の一番前でビッグフラッグ振ってるオヤジだぁ」
甥っ子「ホントだぁ」
クマ「あの人、前は色あせたノボリさんのレプリカ着てたんだよね」
HARUKI「こーいうとこで会いたくないなぁ」
甥っ子「うん」
クマ「サングラス取ると、すげー目が優しいんだよな、あの人」
皆で語る語る(笑)。

きっと今日、山形観光しているエスパサポもたくさんいるのだろう。

クマが言った。
クマ「さぁて帰りますかぁ」
一同「はーい」
HARUKI:明日は仕事だぁぁぁ(悲)

午後4時過ぎ。
車に乗った途端、一同爆睡。
HARUKIが、はっと目をさますとすでに車は東北道を走っていた。

クマ「また高速まで、すごい山道だったんだよ」
HARUKI「ごめんね」
クマ「皆さん、たっぷり寝てたしなぁ」
だからぁぁ、ごめんってばぁ。

きっと上りはすいているだろうという皆の予想をきっちり裏切り、東北道はまた大渋滞(涙)。

午後8時。
ようやく宇都宮に到着。
晩御飯を食べようという話になったのだが、サービスエリアも大混雑。

なんとか餃子は食べたけど、ゴハン類は全て売切れになっていた。

クマ「カウンターの前方にいるおじさんがさぁ、後ろで働いているおばちゃんたちに“まだ、帰らないでね!”って必死で言ってたよ」
だはははははは!

これだけ渋滞してるんだから、まだまだお客は入ってくるわけで。こーいう日に定時に店閉めちゃったら、せっかくの儲けが減るよなぁぁぁ(笑)。

ここでHARUKIは野球オヤジに連絡。
HARUKI「明日、何時に出勤すればいいですかぁ?」
野球オヤジ「8時半で」
早いよぉぉぉなどとは口が裂けても言えねぇぇぇ。
HARUKI「はーい」
野球オヤジ「もう、戻ったの?」
HARUKI「まだ渋滞にはまってます」
野球オヤジ「へーーーーー。お疲れ様だねぇ」
だからぁぁぁぁ。

午後11時過ぎ、まず甥っ子の家に到着。

HARUKI「お疲れ様でした〜」
HARUKI姉「楽しかったねぇぇ」
一同:うなずく

こうして、無事山形遠征は終了した。
いやぁ、マジで、ホントに、勝って良かった。
勝ったから、あの渋滞も楽しい思い出になるってもんだ。←本音

来シーズン、また山形遠征はあるのだろうか?
これはもうモンテディオ山形ご一行様次第である。

っていうか、来年また山形行くなら、ずぅえったい新幹線で行くからな!←決意表明らしい←渋滞はこりたらしい(笑)


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