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2005年04月25日(月) |
夢喰い 【イレギュラー】 第十話 |
【第十話】
勘違い、なんかじゃない。 ここ数日、英要に避けられている。 数日を要して、ようやく勝利は断定した。 認めたくなかった、というのが正直なところだろう。 (なんでなんだ?) 荒々しい足取りで、勝利はグラウンドの端を歩く。 野球部の掛け声や、ボールの弾む音、どこからともなく聞こえてくる吹奏楽のすこし外れた演奏などが、なんともいえない放課後の喧騒を作り出している。
―――……り。
どうして避けられる? 何か気に障るようなことをしただろうか。 思い当たることはない。 足早に野球部のグラウンドを通り抜けて、陸上競技場の方へ向かう。 じりじり、胸の内が焼けているような焦燥感を感じていた。 気持ち悪い。
「……り、勝利ってば、オイ!」 急に、右肩を掴まれて強引に振り向かされる。 乱暴な力加減に、勝利は反射的に肩にかかった腕を振り払った。 「なんだよ」 豆鉄砲を食らった鳩の顔で、円藤慶太は振り払われた手を持て余している。 まるで傷ついたような顔つきが、さらに勝利の苛立ちを逆さに撫でた。 咄嗟につかまれて、驚いたのはこっちだ。勢いで払っただけで、そんなに愕然とするなんて。 (まるで俺が悪いみたいに) 慶太は、驚いて瞠った瞳をほそめるようにして、憮然とした表情をつくった。 「おまえさ、おかしいよ」 決意を固めたような、毅然とした表情だった。 叱る顔。 「どうしたんだよ、全然らしくないよ」 「なにが」 慶太の顔は、正義を確信している。肩に力をいれて、道を逸れた友達を、引きずり戻すという大義を背負っている。 俺が、そんなにどうしようもなく、間違っているのかよ。 そんなに、真正面から向き合って、腹割って叱らなければ目が覚めないぐらい、何か逸れているのか。 絶対的な正しさを疑わない、慶太の眼差しに、勝利は苛立った。 何がおかしい。何が間違っているというのか。 「身代わりにすんなよ、かわいそうだろ」 何を言われたのか、飲みくだせなかった。 今度はこちらが、豆鉄砲を食らった心もちがした。 ぽかんと、慶太の顔を見つめる。 「おまえ、気づいてないんだろうけどさ、あれじゃ丸分かりじゃんか」 「まわりくどく言うなよ!」 怒鳴りつけると、慶太が一度口をへの字に結ぶ。 「あの転校生に構ってんだってな」 覚悟を固めたように、慶太が再び重そうに口を開いた。 ぎくりとした。後ろ暗いところは何もないはずなのに、痛いところを突かれたような気がした。 「見ててイタいよ。それってさ、おまえ、高幡の身代わりにしてるんじゃないの」 「なんだよ、それ」 咄嗟に反論が出てこなくて、勝利は困った。 とても不当な中傷を受けたような気がしたけれど、真正面から言い返す言葉が見つからなかった。 「おまえが何に負い目感じてるのか分かんないけどさ、高幡が自殺したの、おまえのせいじゃないだろ」 慶太が眉をハの字に下げた。今度は、憐れむような顔をした。 どっと、嫌な汗が吹き出した。 「分かってる、よ。そんなの……」 逃げ出したくなった。急に、この場から。 怖気づく脚が、勝手に後ろに下がろうとする。虚勢を張るように、耐えた。 「分かってないよ」 張りぼての勢いを崩すように、慶太は一歩踏み込んだ。 「全然、分かってないよ。負い目に感じてるんだよ。いい加減認めろよ、おまえ」 「やめろよ!」 焦って、勝利は止めた。その先を聞いたら、引き返せないような危機感を感じた。 制止を、慶太は聞かなかった。 「おまえ、ショック受けてるんだよ」 ぷつん、と。 見えない糸が切れる音を聞いた。 目を逸らしつづけてきたのに、強引に顎を掴まれて、そちらに目を向けさせられたようで。 冷水を、バケツごと頭の上からぶちまけられた気分だった。 熱くなっていた体が、急に冷えてゆく。 一点に、集まってきた。目元が熱い。 ちがう、と怒鳴り返したかったけれど、口を開けば壁が崩れてしまいそうで、引き結ぶ。 泣き出してしまいそうな気がした。 「俺は、勝利が心配だよ」 慶太の手が、勝利の肩にふれる。 いたわるように少しだけ、さすった。 あっけなく、堤防は瓦解した。 ぼろっと、大粒の雫が右の目から落ちる。 「……傷ついてない」 手の甲で目元をぬぐって、虚勢を張った。 「嘘だよ」 きっぱりと、慶太は否定する。その強さが、そのやさしさが余計に沁みる。 「嘘じゃない……」 否定したい。 だけどどうして、一粒落ちたら止まらないんだろう。 涙が。 「意地、張るなよ」 (だって、否定しないと、どうしていいのか分からなくなるよ) 感情を持て余したら、自分でどうやって処理していいのか分からなくなるよ。 だから厄介な気持ちは、奥深くに仕舞いこんでおきたい。 余所にやってしまいたい。 知らないフリを決め込んでいたかったんだ。本当は知っていたけど。 「俺の、せいだ」 ずっと。 何度も何度も、胸の内側で叫びつづけてきた。 ぼろっと、涙の雫と一緒に、唇から外界へ零れ落ちた。 そうしたら。 内側で叫んでいたときよりも、もっと―――重かった。その重みに自分で驚いた。 咽喉が鳴る。惨めで不恰好な嗚咽が零れた。 「おまえのせいじゃない」 慶太はやさしい。だけど、頷けなかった。 不恰好に、首を横に振る。 「俺が無責任に、あんな―――」
―――あんなことを、言ったから。
慶太は、もう何も言わなかった。 ただ、勝利の肩を握る手に力を込めた。
「俺のせいだ」 気づけば、繰り返して呟いていた。
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【続く】
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