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2005年04月21日(木) |
夢喰い 【イレギュラー】 第七回 |
【第七回】
教室の後ろ側の扉が横滑りに開く。 たったそれだけのことで、教室の温度がぐっと下がる。 勝利は思わず舌打ちを落としたくなった。 植えた肉食獣を警戒するような遠巻きのクラスメートたちと、同じ制服を着た肉食獣とはほど遠い少年と。 このアンバランスな光景が、最近のお決まりの朝だった。 苛々するのは、両方に、だ。 今にも飛び掛ってくるんじゃないかと怯えるクラスメートたちも、その冷酷な仕打ちに抗いもしない転校生もだ。 (これじゃあ、”あの頃”と同じだ) 対象が変わっただけで、根本的には何も変わっていない。居心地の悪さはそのままだ。 くだらない、と勝利は胸のうちで吐き捨てる。それを大声で喚くことが出来ない自分にも、苛立ちが募る。 結局は同罪だ。 何も変えられない。
教室を凍らせた原因が、教室の端からゆるりと窓際まで近づいてくる。 窓際の後ろから二番目の席で、勝利は頬杖をついたままその様子を伺った。 人形のように整った造作の顔には、表情がない。 肌は青白く、生気もないように見えた。 あまりに、従順すぎる。易々と受け入れる。泣きも喚きもしなければ弁明も言い訳もない。 学校を休むわけでもない。 自分は退けられて当然、と。現状を甘受しているような。 その、まるで罪人のような態度が、また勝利の気に障った。 不当に避けられていると、思わないのか? あんな御伽噺めいたゴシップ記事、みんなが皆鵜呑みにしているわけではない。頑なに彼が押し黙るから、間に壁が出来る。 現状にオロオロしているのは、何もクラスメートだけではない。 二十歳をいくつか超えたばかりの担任も、戸惑うばかりで何を言うでもない。 教室の雰囲気はいつも最悪だ。
無言で、隣の席の椅子が引かれる。 床を、木の椅子が引っかく耳障りな音がした。 「英」 自分の声を聞いて、勝利は内心で驚いた。 反射だった。 何か思惑があったわけではない。衝動が、声帯を動かした。 椅子を引いたまま、転校生は呆気にとられた顔をしている。 予想外の出来事にぶつかったときの顔だった。 空気が凍っている。 「……おはよう」 頬杖をついたままで、勝利は斜め上を見上げて言った。 和やかではなかった気がする。好意的でも、きっとなかった。 睨み付けるような、挑むような挨拶だったかもしれない。 転校生は、大きな猫のような目を更に見開いて見せた。 そのあと、急にかなしそうな顔をした。泣くのを我慢しているような。 クラスメートたちには背を向けているから、きっとその顔を見たのは勝利だけだったのだろう。 転校生は、そのせつなそうな表情のまま口元を緩めて、かすかに笑った。 「おはよう、神田君」 寂しげな笑顔をすぐに消して、英要は引いた椅子に腰掛けた。 教室は、写真のように固まっていた。 かすかに見せた笑顔のあとは、転校生はまた再び、無表情に戻っている。 緊迫した教室の空気に、馬鹿らしさすら感じる。 (お前ら一体、何に怯えてんだ) なんで同じことを繰り返す? “半年前”から、何も進歩しちゃいない。
―――”高幡”のときと。 何も変わっちゃいないんだ。
いつもどおり、担任がギクシャクと教室の扉を開け、尖った声で席につくように言う。 そうしてようやく、停止していた教室の時間は、再び動き出した。
挨拶をしてやったのは、何も英要を助けたかったわけではない。 陰鬱な空気の中で、毎日生活するのがしんどかっただけだ。 HRの間中、勝利は自分に言い訳をするように、胸の内で繰り返していた。
半年前と同じようなことは御免だ。
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【続く】
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