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2005年04月08日(金) |
夢喰い 【イレギュラー】 第四回 |
【第四回】
空気が重い。 自然と、苛立ってくる。 入梅してから、空は晴れ間を見せることを頑なに拒んでいる。 そのせいもあって、気分は常に鬱々としていた。 何よりも、隣に座る人物の所為だ、と勝利は思う。 隣の席には、四月に編入してきた謎の美少年が座っている。 横目で盗み見た。 色素の薄い、茶色の髪は地毛なのだという。 同じ色の瞳も大きく、ぱっと見、女にしか見えない。男子用の制服を着ているから、見分けがつくようなものだ。 浮世離れしたその容貌と、妙に世間知らずでありながら、時折達観した顔を覗かせる場違いな雰囲気に、転入当初からクラスメートたちは戸惑っていた。 名前まで、どことなく煌びやかな感じがして、踏み込みづらい。 (ハナブサ、だってさ) 英語の英で、ハナブサ。 漫画の登場人物みたいだ。 けれども、漫画と違うところもある。少女漫画的ベタな展開だと、クラスの女子は騒ぎそうなものだけれど。 あまりにも異質だったので、逆に遠巻きになってしまったようだ。 ただ、遠巻きになることと興味がないこととはイコールではなく、影で様々な憶測が飛交ってもいた。 本人の耳にも届いているだろうに、全く反応を示さないあたり、やっぱりどこか違うのだろうか。 同い年だというのに、あどけないと感じる。 肌も白くて、同性とは思えないぐらいだ。そう、高幡みたいに―――。 そこまで考えて、勝利は静かに息を飲んだ。 “高幡みたいに”。 胃から急激に気持ち悪さが這い上がって、転入生から目を逸らした。 ちょうどよく、チャイムが鳴った。 昼休みだ。ざわざわとクラスメートたちが散ってゆく。 購買にでも行こうか、と勝利も席を立った。 隣を、わざと見ないようにした。
例の、ゴシップまがいの週刊誌が持ち込まれてから、ハナブサカナメを取り巻く見えない壁は、分厚くなったような気がしていた。 新興宗教の神子で、不思議な力を操るんだとか。 あいつの所為で母親が死んだんだとか。 奇妙な爆発があったんだとか。 どこまでが本当なのか、眉唾物の記事だったけれど。 クラスメートたちが感じていた違和感を代弁するには、十分すぎた。 ああそうか、と腑に落ちるような気がする。 だから、毛色が違うのだと。 ゴシップ記事を全て鵜呑みにしたら、楽になるような気がするのだ。 自分たちとは明らかに違う、その存在感に怯えることもなく。 嚥下できる。 そんな気がした。
遠巻きは、更に後方に退いて、野次馬のように転入生を取り残した。 絶海の孤島に取り残されて、英要はすんなりとその状況に適応したように見える。 簡単に諦めてしまったように。 (どうしてそんなに簡単に) 諦めることが出来るのか。 勝利には理解が出来なかった。 その所作は、自分から壁を分厚くしているようにも見える。 他人の理解など、元より求めていないという、冷たい拒絶。 愛想笑いのほかに、端整な顔立ちが笑ったのを、勝利は見たことがない。
適当にパンを見繕って教室に戻る。 陰鬱な空気が漂う教室に戻るのは少し億劫だったが、他に過ごす場所もない。 (別に、俺がシカトされてるわけじゃないんだし) そうは思うのだが、やはり、居心地がいい場所ではない。 「ちょっといいかな」 後ろ側のドアを横に開いたところで、背に声がかかる。 声に色があるというなら、青だ。 清浄で、凛と張っている。 ドアに手をかけたまま、肩越しに振り返って、勝利は目を瞠った。 別世界の生きものがそこにいた。 「C組の人だよね」 すっと、切れ長の瞳が勝利を見ていた。 肌は白く、髪は黒檀のように黒くて癖がない。 (銀) その男の苗字が、水面に浮かぶ泡のようにぽこりと浮かんできた。 隣のクラスの生徒だった。慶太とクラスメイト。 圧倒的な存在感は、英とは別の意味で浮いていた。 大金持ちの御曹司。子どもっぽいところは欠片もない。 群れることなく、周囲に溶け込もうとも馴れ合おうともしない。 周囲に漂う凛とした清浄感は、圧迫感にも似て、誰も下手に近づけなかった。 勝利もそのひとりだ。 別世界の人間だと思っていた。 何ひとつ、共通項のない人間に思えた。 生活環境、家族、趣味、何から何まで、重なるところなどどこにもないような。 「ごめん、人を呼んでくれるかな」 微笑して、およそ中学生には見えない男が言った。 「え、あ、ああ」 動揺を隠し切れずに、慌てて勝利は頷く。 「英要、呼んでもらえる?」 「え?」 思わず聞き返した。
―――例の転校生って、銀と知り合いなんだってね。
慶太の言葉を思い出す。 固まっている勝利に、銀都佳沙は、微かに眉をひそめて怪訝な顔をつくる。 「あ、ワリ。英、な」 ただ眉をひそめただけ。その動作に気圧されて、勝利は逃げるように教室に踏み込んだ。 座りなれた自分の座席。その隣でぼんやりと窓の外を眺める色素の薄い少年に近づく。 「英」 他人行儀に苗字を呼んだ。 首をめぐらせて、つくりものめいた顔が振り返る。 「神田くん」 高い声が、勝利の苗字を呼ぶ。 視線が、どうしたの、と訊いていた。あどけない顔だった。 「呼んでる」 背中にクラス中の視線を感じながら、ドアの方を指差した。 どうしてなのか、声を潜めてしまった。 要は、勝利の向こう側に見知った姿を見とめて、椅子を引いて立ち上がった。 「ありがとう」 小さな礼を残して、要は座席の合間を縫って後ろの扉に向かう。 銀と合流して、一言二言を交わして廊下へ消えてゆく背中を、何故か勝利は見送ってしまった。 この居心地の悪さは、一体なんなのだろう。 せっかく買ってきたパンも、食べられそうになかった。
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【続く】
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