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2005年03月30日(水) IE/047 【INTEGRAL】 9

9.INTEGRAL/浄化の火

 あふれだした銀が、肩をなめらかに流れ落ちた。
 糸のような細い髪だった。
 射殺されたはずの聖女が、黒いローブをまとって、そこに立っていた。
 うりふたつ、などという次元ではない。全く同じだったのだ。
 いくら距離を隔てているとはいえ、見紛いようもない。
 詰めた息を、恋はようやく飲み込んだ。
「人間を、バラでつくる技術がある」
 一段、黒いローブが階段を下る。
「人が最も美しいと感じるように、聖女は構成されるのだ」
 もう一段。
「構成する時点で遺伝子に細工を施す。それによって脳の能力を100パーセント活用する。それが聖女の奇跡のからくりだ」
 黒に、銀の髪がよく映える。まぶしい照明を跳ね返し、少女が階段を下るたびに、艶やかな光を放った。
「超人的な力は長くはもたない。枯渇し急激に老いるか、気が狂うか、”それ”のように、いずれ力を失い、とって代わられるという現実に耐えられなくなるか」
 がらくたを指すように、聖女が舞台を顎でしゃくる。
 既に動かない華奢な体を、恋は視線だけで眺めた。
「聖女は人柱でもあり、強力な兵器でもある。細切れの社会を束ねる希望として、常に完璧で在る必要がある。老いず朽ちず、奇跡で民を束ねる。人工的に作り出されたなどと、知れてはいけない」
「代わりがいくらでもいるってことも、バレたらいけないわけだ」
 拡大をやめた白い海から視線を引き剥がしながら、恋は毒ついた。気づけば、こめかみを嫌な汗が流れて顎に落ちてゆく。
「今のヨシアは、そうでもしなければすぐに瓦解する。これはひとつの、統治の形だ」
「詐欺師様だな」
 口元が引きつったように緩んで、自分がなんとか笑っていることに気がついた。
「希望を見せる幻もある。そしてそれが、人々の心を支え奮い立たせることも。これは、母国のためだ」
 いかにも正当な権利を主張するような言葉に、恋の戸惑いと動揺とが水をかけられたようにおさまった。
 その代わりに、燻っていた怒りが、風にあおられたように湧き上がってくる。
「国のため、ね。それで?」
 ポケットに両手を突っ込み、恋は聖女を見上げた。
 聖女は、怪訝に顔をしかめる。
「それで、あんたらは使い物にならなくなった聖女様の処刑場にこの国を選んだってわけか。二人目のアンタが無事に日程を終えてヨシアに戻れば、全てが元通り? ご立派なことだよ。隣国の政府をだまくらかして、いいご身分だな?」
 人工的に生み出されたものだとはいえ、使い物にならなくなったからといとも簡単に投げ捨てる。
 その姿勢が気に食わない。
 しかも、他国の土を汚して、だ。
「マティアのIEとしては、見過ごすわけにはいかない」
「秘密裏にことを済ませるつもりだったが、この国の反政府組織の動きが素早かった。結果的に大事になったことに関しては、釈明はするつもりはない。しかし、我々とこの国と、一体どれほどの違いがあるというのだ?」
「なんだと?」
 恋は気色ばんだ。
 二人目のアナスタシアは、感情など感じさせぬ顔で、予言者のように人差し指を恋に向ける。
「生身の体では生命の維持も覚束ない女王を、維持装置の中に閉じ込め、政をさせている。心は痛まないか、IEとやら」
「……何が言いたい」
「政に犠牲はつきものだと言っている。不特定多数を束ねるということは、身を切ることだ。自分ばかり、綺麗な花畑にいるような物言いは、感心しないな」
 つい、と。
 恋を指差していた白い指先が逸れて、無言の骸に流れた。
「それに、残念ながら私は―――九人目だ」
 ごうっと音を立て、瞬時に人形のような体から、炎が上がった。
 吹き付ける熱波に、思わず恋は、一歩退く。
 何が起こったのか、すぐには理解が出来なかった。
 肉を焼く、いやな臭いが鼻腔に飛び込んで、察した。
 証拠隠滅、ということなのか―――?
 ぷつり、と何かの糸が切れた。
「貴様ァッ―――!」
 咄嗟に、ホルスターからピストルを引きずり出し、魔女をも思わせる黒いローブに照準を合わせた。
「狂犬め。図星を突かれて吠えるとは」
 なめらかに手を持ち上げ、人差し指を恋へと向ける。
 乾いた発砲音。弾丸が黒いローブに向かって飛んだ。
 刹那、体を何か見えないもので撃ち抜かれたような衝撃に、恋は目を見開いた。
 抗えず、そのまま仰向けに舞台に倒れる。
 まばたきも、呼吸も出来なかった。
 焼かれたのかもしれない。
 背に、舞台の感触を遠く感じながら、気づけば叫んでいた。
 ホールに、絶叫が反響する。
 体中が沸騰するように熱かった。
 ごうごうと、脂を焼く臭いをさせ、大の字に広がった右手の先で、聖女だったものが燃えていた。
 急激に沈んでゆく意識の片隅で、女の声が聞こえた。

「お前のしていることが、”本当に妹のためなのか”、もう一度、胸に問うてみることだ」

 スイッチを切るように、そこで意識はぷつりと切れた。



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【続く】


如月冴子 |MAIL

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