mortals note
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2005年03月31日(木) |
IE/047 【INTEGRAL】 10(完結) |
10.Job/白い虚無に抱かれて
―――生身の体では生命の維持も覚束ない女王を、維持装置の中に閉じ込め、政を……。
「ん、―――恋!」 体を揺さぶる振動を、やがて現実のものとして感じるようになる。 遠くから、波のように寄せてきて、地震のように揺さぶられる感覚を、知覚して、目が覚めた。 閉ざした目蓋の裏側から、強烈な白色の光を感じる。 まぶしいだろう。 予感しながら、薄く、目蓋を開く。 刺し貫くような鋭い光が、待っていたとばかりに瞳に飛び込んでくる。 顔をしかめると、思わず呻き声が漏れた。 「熱、い」 自分の声ではないようだった。掠れていて、無様だ。 ただ、声帯の震えで、自分が生きていることだけは分かった。 さっと、強すぎる光を遮るように、影が頭上に覆い被さった。 「大丈夫ですか?」 見慣れた金の髪と青の瞳だった。 「フィ、メか」 上体を起こそうとして、走った激痛に、あっけなく再び倒れこむ。 「動かないで下さい」 手厳しい声が降ってくる。 「高圧電流で感電させられたような状態になっています。大事に至らなくて良かった。意識ははっきりとしていますか? ここがどこかは?」 「図星を突かれて、吠える、か」 焦点の合わない瞳で、ただ高い天井を見上げていた。 「激昂して、ピストルを抜いたのは、あの女の所業に怒ったからじゃない、な」 「恋……?」 無惨に殺されて、焼かれた骸に怒りが込み上げたわけではない。 そんな、青い正義感に突き動かされるほど、何も知らない子どもでもなかった。 「他国の、ことだ。確かにこの国でこのようなことに及んだ事実に対しては、怒りも覚えたかもしれない、が」 呼吸はいまだに、荒い。 制御を失った口が、ただ動く。 「所詮は、隣国の、ことだ。政に口をだす、つもりは、ない。それでも、銃を抜いたのは、痛いところを突かれたから、だろうな」
―――自分ばかり、綺麗な花畑にいるような物言いは、感心しないな。 ―――己のしていることが、”本当に妹のためなのか”、もう一度、胸に問うてみることだ。 ―――生身の体では生命の維持も覚束ない女王を、
「俺は一体、何をしているというんだ」 「大分、意識が混濁しているようですね」 憐れむような顔で、補佐用サイボーグが柳眉をひそめた。 その所作が、何故か癇に障った。 「何がだ。俺はまともだろう」 「いつもの喋り方はどこへ行ったんですか?」 「……何?」 「堅苦しい喋り方になっていますよ。恋には似合いませんね」 一陣、風が吹いたような気がした。 頭の一部を覆っていた霞みが、さぁっと流される。 ようやく、四肢に感覚が戻ってきたような気がした。 「俺、の。名前―――」 伺うように、屈みこむ相棒の顔を見上げた。 「マティア王室近衛課直属エージェント、飯田恋。年齢は二十六。もっと細かい数字まで必要ですか?」 「そう、だったな。悪い」 死んだ男の言葉で、喋っていたようだ。 「なぁ、俺生きてんのか? 一瞬死んだと思ったんだけど」 「ようやくらしくなりましたね。大丈夫、図太く生き残っていますよ。でも、まだ体は起こさないほうがいいですね」 「そ、か。で、俺らの護衛対象はどうした?」 「ロイヤルハルクホテルに入りました。予定通りの日程をこなすはずです」 「俺の右手側で死んでる女がいたはずだけど、どうなった」 「高音で焼かれて、性別その他、判別できない状況です」 「……そう、か」 まぶしくて、恋は目蓋を閉ざした。 上から、まだ少し痺れたような腕を乗せる。 「二人目の、ヨシアの聖女を見ました」 ああ、と恋はおざなりに頷いた。 空港のビルが爆破された直後飛び出してきた黒い影。 思い返せば、あれが「代用品」だったのだろう。 「あれな、九人目らしいぜ」 億劫を表面に出した、掠れた声で言ってやる。 相棒は、何も言わなかった。 しばらくの、沈黙を置いて。 「車を手配してあります。今は、暫く寝ていてください」 静かに、相棒の声が告げた。恋は、腕を目蓋の上に乗せたまま、それを聞いていた。 意識を、だらりと伸ばしたままの右手のほうへ向ける。 消し炭になって、性別すら判別できなくなった焼死体が、そこにまだあるはずだった。 それがまだ、生きて動いていたときのことを思い出す。 数時間前の話だ。
―――いずれ、貴方の前にも現れる。貴方を脅かすものが。
背に、硬い舞台の感触を感じている。 まぶしい光に照り焼きにされているようだ。
―――そのとき貴方が一体、どうするのか、私にはとても興味があるわ。
何かに促されるように、恋は目蓋の上の左腕を退けた。 うっすらと瞳を開くと、痛みを伴って光が降ってくる。 「俺のしてることは、なんなんだ……?」 白く塗りつぶされた世界を見上げて、つぶやいた。 他には何も見えない。 白い虚無。 膨大な光に包まれて、体全てが溶け出してゆく錯覚にとらわれた。 とろとろと、思考も意識も、とろけてゆきそうな―――。 「任務ですよ、恋」 落ち着いた声が、答えた。 思わず首を傾けて、傍らに座るサイボーグを見つめる。 「貴方のしていることは、IEとしての任務です」 何か思うところがあって言っているのか? それとも無自覚なのだろうか。 しばらく、恋はぽかんと、美しい造作の相棒を凝視していた。そして。 「……そ、か。オシゴトか」 笑ってしまった。 そう思えば、少しばかり楽になる。 「寝る。車がきたら、お前が、運んでくれ」 疲労と眠気が絡まった声で告げて、再び左腕を目の上に乗せた。 「了解しました」 堅苦しく、相棒が答える。 硬い舞台の床に、体がずぶりと沈む錯覚を覚えた。 沈む。 目蓋の裏の闇に、いつのまにか、体の全てが同化し、境目が分からなくなった。
―――ひとつ、謎かけを残していく。
意識が途切れる間際に、男の声が耳元に蘇った。
―――ここに、贋物がふたつある。材料は同じだが、外見が違う。片方はとてもよく、本物に似せてある。他方は本物とはかけ離れた恰好をしている。
体を支配している疲労感が、分からなくなる。 闇に溶け出して、四肢の感覚が失われる。
―――このふたつを突きつけられたとき、一体ひとは、どちらを本物だと思うだろう?
(そんなの) 切れかけの意識で、考えた。 そんなもの、謎かけにもならないじゃないか。 人間様ほど、視覚に頼って生きているものもいないだろう。
そんなの、―――に、決まってる、じゃないか。
かすかに繋がっていた糸が、見えない鋏でぷつりと、切断された。
Epirogue.HEADLINE/PM6:35
さて、 隣国、宗教国家ヨシアの聖女、アナスタシア・エレミア氏は、本日、全日程を終え、ヨシアへ帰国の途につきました。 今回の初外交を振り返り、大変有意義なものになった、と公式なコメントが出されております。 以前、ヨシアの内情はあまり明らかにされてはいませんが、これから、両国の間に何かしらの協力体制が築かれてゆくのではないかと、専門家の見解が―――。
【End】
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