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2005年03月28日(月) IE/047 【INTEGRAL】 7

7.I7GQ6F******047/ドアの向こう


「静かだな」
 恋は、ひとりごちた。
 目の前には、巨大な亀の甲羅のようなドームがうずくまっている。
 甲羅のおもては全面巨大な硝子張りにされていて、少しばかりくすんだ空の色を跳ね返していた。
 噂の芸術ホールだ。
 周囲に人気はない。

―――建設中の芸術ホール周辺の、監視カメラの映像を洗ったわ。エレミア氏は確かに芸術ホールに入っていってる。だけど、単身なのよ。攫われたって様子じゃないわね。奇妙だわ。

 先程、先輩エージェントから入った通信を、反復する。
 周囲の監視カメラの情報から推察するに、他国の聖女は、”ひとりで”この芸術ホールに入っていったらしい。
 懐古主義的な回転ドアの傍では、二体のガードロボットが沈黙して前のめりに倒れこんでいた。
(聖女様が横を通っただけでショートしたって?)
 フォルの報告に、恋は首を傾げる。
 サイボーグのように、器用に情報のやりとりができるわけではないから、映像を見たわけではない。だから、俄かには納得が出来ない。
 アナスタシアが入り口を通り抜けただけで、外部侵入者を排除する役割のロボットが、膝から崩れ落ちて地面に倒れたのだという。
(本当にそんなこと、できるもんなのか?)
 人気のない建設地で、視覚が動くものを捕らえて、思わず恋は重々しい溜息を落とす。
「荒事は、俺の守備範囲外なんだけどな」
 わざとらしく肩を回して準備体操をする。
 糸の切れた人形のように倒れ伏していたガードロボットが、角張った動作で立ち上がった。
 右手を、腰のホルスターに伸ばしかけて、やめる。
 ロボットに銃弾は―――効かないだろうな。
 無駄弾を使うのは惜しい。
 正確にGPSを探知して、そのうちに相棒が駆けつけてくれるだろうけれど、それを待っている時間も惜しい。
 今回は何しろ、国賓の警備が任務だ。
 彼女を見失った時点で、説教は覚悟しなければいけないが、早いところ彼女の身柄を確保してしまいたい。説教で済ませたいところだ。
 重量感を感じさせる歩みで、スーツ姿のロボットが恋に歩み寄る。
「強制介入コード、I7GQ6F******047。指令系統を切り替える」
 片脚を踏み出したままの無様な体勢で、ガードロボット二体が立ち止まった。サングラスの奥で、赤い明滅が起こる。
《介入コード確認。声紋照合確認。政府特務指令:ランク特A により、指令の優先順位を切り替えます》
 カタコトの男の声が答えた。
「現在の警備状態を解除。現場の維持を最優先。IE(インペリアルエージェント)か、更に上位の指令系統を持つもの以外は通すな。民間人に危害を加えないこと。―――以上」
 右目と左目が、忙しく点滅をした。
《……………………。……了解 しました 直ちに適応します》
 規律ただしく「気をつけ」体勢になったガードロボットの横を通り過ぎ、恋は首を大きく回した。
「よかった、コード間違ってなくて」
 五番目が「6」か「9」かで、少し迷っていたのだとは、恥なので誰にもいえないが。
 民間人には伝えられていないことだが、ネットに接続されているシステムのほとんどは、上位の介入コードがあれば制圧下に置くことができる。
 特S―――つまり、全てのシステムを制圧下に置くことができるのは、王族と数名の補佐官のみ。それから、S、特A、Aと政府の要人は、その地位と比例するコードを与えられる。
 コードと声紋、その他の個人情報は、コードを伝えた時点で、システムが自動的にネットを介して照会、現在の命令系統よりも上位であることが確認されれば、問答無用で制圧下だ。
「滅多に使うなって言われてるんだけどな」
 またお小言の数が増えそうだ、と恋はこめかみを掻いた。
 使用した時点で、報告が課長に届いているはずだ。
 もっと他の手を考えろ馬鹿者が、とゴスロリ課長の声が聞こえたような気がした。
(今は知ったこっちゃねぇ)
 警備の解かれた回転ドアが、ゆるく回り始めていた。
 今は聖女の身柄確保が最優先だ。
「なんか、おかしいな」
 くるりくるりと回転する入り口に、タイミングを合わせて踏み込み、口に出して呟いた。
 誘拐されたわけでも、誘導されたわけでもなさそうだ。
 何故、隣国の奇跡の聖女は、わざわざ暗殺予告が出されている国で単独行動を取ったのか?
 与えられている情報だけでは、ピースが少なすぎて、全体像が見えてこない。

 新しい建物の、塗りたての塗料の匂いが鼻腔を刺す。
 回転ドアを抜けた先には、ただっ広いホールが開けていた。
 高い天井からは、おそらく恋の体などあっさりと下敷きにしてしまえるだろう、巨大なシャンデリアがぶら下がっており、入り口の正面に、古い映画にでも出てきそうなやたらに幅の広い大階段が緩やかな段差を見せている。
 床は、大理石を模して作られていて、一歩踏み出すごとに、足音が高い天井に反響した。
 階段も剥き出しの石だが、おそらく完成した暁には赤い絨毯でも敷かれるのだろう。
 オペラ座をモチーフに作られた、とどこかで読んだ覚えがある。
 多くの人間が出入りする場所はどうして、誰もいないとこうも気色が悪いのだろう。
 何か、人ではないものが棲みついているような錯覚に陥る。
 ゆるい階段を、数段上る。
 最上段の奥。ホールへと続く分厚い防音扉を視界におさめて、恋は思わず苦笑した。
 扉が、手前に僅かに開いている。
 招いているようだ。分かりやすい。
「ホント、至れり尽せりで参っちゃうわ」
 靴音を響かせて、招く扉に向かう。
 最後の数段を小走りに駆け上がって、誘うような右側の扉を、引っつかんで開いた。
 眼前に、広大な暗闇が口を開いていた。




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【続く】


如月冴子 |MAIL

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