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2005年03月25日(金) IE/047 【INTEGRAL】 5

5.Miracle/充填

 風に、黒い布がはためいていた。
 不吉な印のように、フィメには思えた。
 来賓専用空港のビルを爆破し、ガードロボットを軽々と薙ぎ倒しながら接近してきた不吉な人影は、頭から爪先まで深い深い闇の色をしている。
 風の抵抗を大いに受けるであろう布をさばきながら黒服のガードロボットを打ち倒す影はしかし、小柄だった。
「止まりなさい」
 毅然とフィメが声を投げる。
 しかし最早、その場に立っている人影はふたつだけになっていた。
「これ以上、勝手をさせるわけには行きません」
「FI-ME017」
 フードに隠された口元から、女の声が漏れた。
「貴方に私を止めることは出来ない」
 予言のように厳かに、女は告げた。
 フィメは体重を落として、片足を後ろに引く。身構えた。
「どういうことでしょう。量産型ガードロボットと同じ扱いをなさるおつもりですか」
「私は、貴方が阻む先へ行かなければならない。それが、この国の為でもある」
「行かせるわけにはいきません」
「……それは残念だ」
 あまり落胆した様子もなく、彼女は言った。
 黒い布を翻し、病的に白い指先を、指揮でもするような所作で動かした。
 フードの合間から、銀の色が零れて落ちた。
 フィメは、すぐに異変に気がついた。
 指先の一本も動かせない。
 まるで、指令を伝達する中枢と末端とが、遮断されたかのようだ。
 冷静に、フィメはその異変を受け止めた。原因を探る。
「流石に、動揺はしないようだ。やはり人とは違うな。人々はこれを、奇跡と呼ぶのに」
「……どうやって、私の伝達神経を麻痺させたのですか」
「奇跡だ」
「冗談を聞きたいわけではありません」
 生真面目に、フィメが切り返した。
 女は、フードの奥でかすかに笑ったように見えた。
「ちいさな国を―――しかも、細切れにように多くの宗派に分かれている国をまとめるためには、どうすればいいと思う?」
 金縛りがとける、という感覚をフィメは味わった。
 急に自由を取り戻した体が、前のめりに崩れかける。慌てて体勢を立て直した。
「ヨシアのことですね」
「……強固な力が必要だ」
 フィメの問いには答えずに、黒い影が続ける。
「絶対的な、誰もがひれ伏すような眩しい奇跡が必要なのだ。聖女は、そのための生きものでなくてはならない。国をまとめるための、人柱たる必要がある」
 間違っても、逆らおうなどと思わせないほどの、絶対的な力が必要なのだ。
「人柱は、枯渇する」
 何かを指し示すように、女は病的なまでにほそい指先をフィメに向けた。
 そして、勿体つけるように、己のフードに指先を引っ掛ける。ぐい、と顔を負おう布を後ろに引き摺り下ろした。
 ざっと、闇の色に銀が流れ落ちた。
「貴方は……」
 あらわになったおもてに、フィメは戦闘態勢を解いた。
「道を開けてくれるだろう。私は人柱の元へ向かわなければならない」


              *


「おい、どうしたってんだ、起きろ!」
 やや乱暴に、サノスケが後部座席に横たわるキエフトの頬をはたいた。
 端麗な顔をした側近が、渋そうに顔をゆがめて、薄く瞳を開く。
「聖女様はどうした!」
 荒っぽい尋問をする体育会系の刑事のように、サノスケがキエフトの胸元を掴んで揺すった。
「急に、車が止まったと、思ったら―――このドアが開いて、アナスタシア様がそとへ。殴られたのかもしれない、急に腹部に衝撃を感じて、それきり……」
「どこに行った!」
 サノスケは尚も胸倉を掴んで揺する。
 ゆるりと、だるそうにキエフとが首を横に振った。
「やめなさい、仮にも怪我人なんでしょ」
 相棒に襟首を掴まれて、サノスケは後部座席から引きずり出された。
 小さく咳き込んだあと、キエフトは人差し指をサノスケの肩越しに向けた。
 サノスケとフォルは、人形のように生気の感じられない男が指差す先を振り返る。
「方向は、あちら、だと思います」
 キエフトが指差した方向には、美しい硝子張りのドームがある。
「建設中の公会堂、ね」
 車のトランクから常備されている商売道具を引きずり出しながら、恋はひとりごちた。
 量産型であまり手になじみのないピストルに手早く弾を込めて、ホルスターを腰に巻きつける。重い正装の上着を脱いで、トランクに投げ込んだ。
「銃ぐらい、正装でも携帯するだろ」
 慌しく戦闘準備を始める恋を眺めて、サノスケが揶揄を寄越す。
 準備不足だ、と言いたいのだろう。
「俺は平和主義者だし、いっつも強いのがそばにいるから」
「フィメも大変だな」
 呆れたようにサノスケが肩を竦めた。
「建設中だと、中の警備システムも完全には動いてないみたいね」
 こめかみに指先を当てていたフォルが、美貌を曇らせる。
「警備システムに侵入して内部を覗いてみるつもりだったんだけど、ダメね、死角が多すぎる」
「兎にも角にも、行ってみるしかないってことか」
 面倒くさいが仕方がない。
 正装とはお世辞にも呼べぬほどにワイシャツを着くずし、恋は準備体操のように首を大きく回した。


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【続く】



如月冴子 |MAIL

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