草原の満ち潮、豊穣の荒野
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夜の海辺。
灯台の下でダニーは瓶を握りしめ、ディアナとブルーが帰るのを今か今かと待ちわびていた。 毎日、沖の方では夜も村の者達が小舟がいないか探している。
「もう5日目だ。本当にうまくいくのかな」
ダニーは手に持った瓶の水を海に注ぐ。
『息子達が近くに来ていれば、私にはわかるんだ』
水は半透明な人の姿になって波間から立ち上がった。
「まさかと思うけど、気が変わって逃げたとかないですよね」
『あの女の子がそれを望んだらあるかもな』
「えっ…」
『ああ、いや、それはないと思う』
「ほ…」
『大丈夫、息子はあれでクソ真面目なんだ。例えあのお嬢さんにドつかれても連れて戻るよ』
ブルーの父親は笑って波間に座ると耳を水に浸けた。
『…来た』
「あっ!あそこ!!」
ダニーが沖を指差した。 激しく船の灯りが揺れている。
『君はここで待っていなさい。私が様子を見て来る』
「良かった。戻らなかったらどうしようかと…」
海の中。
ブルーの父親は懐かしい海の感触を感じながら沖へ向かった。 見張りの船の灯の揺れ方に胸騒ぎがする。
『ブルーの奴、ちゃんと会って帰ってこれたのか?』
夜は眠っているはずの海の生き物や幽霊達が逃げ惑うように傍をすり抜けて行く。 何かがおかしい。
「サメだ!サメの大群だ!!」
船の見張りの若者が叫びながらかがり火を海中に投げ付けている。
『いったい何があった?』
ブルーの父親は沖に浮かんでいる船に手をかけ、水中から乗り込んだ。 彼は船の若者の胸ぐらを掴んで叫んだ。
『子供達はどこだ!サメがいるのか!?』
「貴様!この海の化け物め!娘に…ディアナに何をした!」
駆け込んで来た中年男が背中から銛を突き刺した。
『あなたがディアナの父親か?』
銛は青い男の背中を通り抜け船の端に転がった。
『落ち着け。子供達はどこだ』
中年男は震えながら海を見た。 見覚えのある小舟が浮かんでいる。 そしてその周りには信じ難い大群のサメの背びれが見えていた。
『なんてこった…』
「ああ、神様、どうか娘を助けてください。あの子はまだ小さいんだ!」
ブルーの父親は転がった銛を掴むと船の先に立って叫んだ。
『無事か!?』
小舟から声が返ってきた。
「親父!?来るな!サメ達に何もしちゃダメだ!」
しかし、船にいる者達の叫ぶ声にかき消されて届かない。 船の若者がありったけの銛や棒をサメに向かって投げつけている。
『このヘタクソめ!銛はこうやって使うんだ!』
ブルーの父親は水に飛び込むと一匹のサメに狙いを定めた。
「親父!!ダメだ!やめろ!!」
ブルーが小舟から乗り出して怒鳴った時、女幽霊の髪が父親の手を絡め、銛を奪った。
『あなた…』
『エナ…?君は…』
女幽霊は微笑みを浮かべると握りこぶしでブルーの父親を殴った。
『あなたという人は本当に。愛した男でなければサメの餌にしている所よ』
『き、君は地上へ戻ったんじゃなかったのか?何故そんな姿で』
『全部オノレのせいじゃ、オンディーン』
『オウフ!』
女幽霊はブルーの父親の腹部にパンチを一発追加した。 幽霊にボコられる幽霊。 サメ達は整列してスルーしている。
「か、かあさん…」
「おばさま…」
『オノレが中途半端な薬を作りよって!おかげでこのザマじゃ! サメ達と契約しなんだらマジで消滅しとったわ!』
『エ、エナ…』
『もう少しでこの子達の未来までブチ壊すとこやったんじゃ!わかっとんのかこのボケ!』
「お、おばさまなんか違う…」
「か、かあさ…」
女幽霊は男幽霊が口がきけなくなる程度までボコると叫んだ。
『人間達よ聞きなさい。お前達にふたつ選択肢を与えよう』
「ディアナを!!娘を返せ!」
「父さん!あたしは無事だし、ここにちゃんといるし!」
ディアナが叫んでも大人達は誰も聞いていない。
女幽霊は整列したサメの背中で出来た海の道を歩いて、人間達の船に現れた。
『我が子と、この少女を祝福せよ。さすれば我海のしもべたちはお前達の繁栄を見守るだろう』
「ちょ、おばさま、祝福って…」
「かあさん…」
「あ、あなた方はいったい何者なんです?」
女幽霊はディアナの父親の前に立つと厳かに告げた。
『私は海を見守るもの。そしてこの青い髪の子供はそれを継ぐ者。 この少女は海の恩寵を受けたのです。 お前達が暖かく受け入れるならば我がしもべたるサメ達をもって護ろう。 この少女もこの島の者達も末永く』
女幽霊の手が空に指し示されたと同時にサメ達が、船に魚や海に沈んだ宝物を ひとつずつ放り込み船は宝の山となった。
「なんと!これは…」
『そしてもし、お前達が拒絶するというのな…』
「おお!おおおお!なんという事だ!本当に娘が海の神に見初められた!」
「めでたい!」
「なんとめでたい!」
「街が始まって以来の吉兆だ!」
「良かったなあ!無事な上に大変な土産を持って来たなあ!」
「これまでの非礼をお許しください」
『あー、選択肢、特にいらなそうね』
「あのー…」
船にいた人間達がいっせいに歓声をあげ拍手を始めた。 女幽霊は男幽霊を小突くと立たせて手を振った。
「…ブルー、なんでこう、誰もあたし達の言う事聞かないの?」
「オレが知るかよ」
男幽霊が女幽霊に囁いた。
『おいエナ、護るってそんな安請けあいなんか…グフッ』
『あなたはもう少しがんばるのよ。私がサメ達と海からあなたをサポートするわ。 あらゆる海の災害からきっちりガードしてみせる。 あの子と離れていた時間は護って埋めてみせる。 あなたと共に、海に魂が尽きて消える日まで』
女幽霊は男幽霊に抱きついて泣いた。
『エナ…』
『もう会えないと思ってた。あの子の行く末が心配でサメ達と契約をしたのよ。 あなたは何をやっても中途半端の考えなしで死ぬに死ねなかったのよ…』
「なんかさ、全部オレのオヤジが発端のような気がする」
「はっきり言ってそんな感じ。でもおばさま達仲良さそうだわ」
「なんか大人の愛情表現ってわけわかんねえ。死んじゃうから会わないとか言っといてタコ殴るし」
「あら、あたしには少しわかるわよ」
「ええ?」
「ディアナ!!父さんは嬉しいぞ!海の神様にちゃんとお仕えするんだよ」
「父さん、なんかげんきん…」
「ディアナ、かんじんのオレらはどうする?」
「知らないわよ」
「そりゃそうだ。元はと言えばダニーのネションベン薬が…」
船の上では酒盛りが始まった。 島の者も話を聞いてたくさん船で集まって来た。
「ディアナが海の神様に嫁入りしたんだと!」
「爺様が海の魔物は恐ろしい言うとったぞ」
「バカ!海の神が魔物を遠ざけるんだよ」
「なんでもええやないか。無事にディアナが戻って来た上におめでたや」
「珍しい魚に財宝がザクザクやないか!けっこうけっこう」
「…けっこう人って他人の事にはいいかげんよね…」
「ディアナ、オレは悪くないと思うけ…いでーーーっ!」
「あんたはいいかげんじゃダメなんだからね!」
こっそり島に戻ったディアナとブルーはダニーの事も忘れて灯台へ戻って行った。
「とにかくしばらくはこのままで、また隙を見つけて逃げちゃいましょ」
「え?」
「どうせおばさま達がいるんだから、あたし達がいてもいなくても関係ないわよ」
「そうなのかな…」
「大体こんな子供の頃から大人に未来を決められたくないわ。 いつか素敵な男の人と出会うかもしれないのに。 あんただってそうでしょ」
「あ、ああ、そうだよ。オレだっていつか巨乳で優しくて眼鏡の似合う女の子に会うかもな」
「なんですって!」
「フェアじゃねえか!」
「ムカつくわね!あんた早くあたしより背を伸ばしなさい!話はそれからよ」
「なんだよ、青パンツのくせに!」
「コロス!」
「…姉さん達、いったいどうなっちゃったんだろう… おじさんも全然戻って来ないし」
浜辺ではダニーがひとりぽつんと海の向こうを眺めている。
「ああ、寒くなって来た。またオシッコ漏れちゃうよ…」
昔、昔の事さ。 ある悪い海の魔物がね、ひとつの町を壊しちまった。 そこに住んでたたくさんの町の人達はほとんど魚にされ、草原と湖だけになっちまった。
そこにひとつ、古い塔があるんだが、そこには悪い魔物が閉じ込められてる。 もう悪さをできないように、ってね。
「どうして退治してしまわないの?」
その魔物はね、殺しても死なないんだよ。 不思議な事に殺しても次の朝にはケロっとして元に戻ってる。 だから生き残った人達はそいつを塔に閉じ込めて出て来れないようにしたんだ。 もう何百年も経っているけど、そいつはまだじいっと塔の中で息を潜めている。
「今もまだいる?」
そうだよ。
そいつは上手に街へ出て、人と話をして、酒を飲んで、笑って 仲良くなっていつの間にか悪い魔法を忘れてしまったのさ。
きっと何かあった時は友達を助けるために魔法を思い出すよ、きっと。
だから安心しておやすみ。 明日はいい天気になるだろうよ。
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