草原の満ち潮、豊穣の荒野
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草原の満ち潮、豊穣の荒野 外伝 8 再会〜語り部


「…えーと」



青空を飛び交うカモメ達を見ながら男は本を閉じた。


「ご感想は?」

「いや、突っ込みたい事は山のようにあるんだが、一番言いたい事があってな」

「ほう。ではルー君に伝えておくから言ってみたまえ」


男は長く青い髪をぐしゃぐしゃ指でかきむしるとこう言った。


「カノン、なんであんたが出て来ないでオレだけが好き勝手やられてんだ?」

「それはルー君の考えだから僕の知るところじゃない」

「あんた、ルーの奴にプレッシャーかけてたんじゃねえのか」

「彼はいまや大人気作家だよ。僕があれこれ口を出すなんて事はあり得ない。
ブルー、君の方がいじりやす…面白くなるからそうしたんじゃないかな」

「ルーの教育係はあんただろ」

「失礼な。僕は個々の意思を誘導するような事はしないし、ナタクもそうだ」

「まあな。でも納得いかねえ。今度ルーに言っといてくれ。
黒尽くめで銀棍持ったメガネ君がボッコボッコ人をドつきまわす話も書いとけ、ってな」

「誰の事だろうか」


本を届けに来た男は眼鏡を鼻先でそっと上げ笑った。
かつての黒髪は白髪がだいぶ混じってはいるが姿勢も正しく若い者と変わらない。


「ずいぶん経ったが君はまだ戻って来ないのかい?
そろそろルー君の顔を見に来ても大丈夫だと思うのだが」

「そうしたいのは山々なんだけど、オレはまだまだ海でやること多くてさ。
難破船がやたら出る海域が増えたりこれでも忙しい身の上になっちまった。
カノン、あんたもそうだろうけどさ」

「まあ、僕からすれば今のルー君は昔の君そのままだから、いつも会っている気がするけどね」

「あんたもあんまり無茶すんなよ。オレらより早く老ける分気を付けてな」

「君に言われたくないね」

「全くだ」

「元気で」


カノンとブルーは軽く手を振って港町と船の別方向へ歩き出した。



「あ、待ってくれ。ブルー、君にこれを渡すのを忘れる所だった」

「おお」


ブルーは手渡された酒瓶のラベルを見て笑った。


「ヒダルゴか。ルーの奴に伝えてくれ。酒屋の方もおろそかにすんなってさ」



カノンは銀色の棍を軽く差し上げ、旅人の無事を祈って去って行った。
ブルーも汚い布袋を担ぐと新しい本と酒瓶を突っ込み、桟橋を渡って船に消えた。


ある港町での出来事。