プープーの罠
2006年03月13日(月)

秘密

『そういえばさ、』

唐突にそう始まるメールが来た、
会社帰りの駅のホーム。

それは早稲田さんからで、
『見たい映画があるんだけど、一緒にどう?』

それは私が観たいと話していた
趣味の悪い映画であり、到底デート向きではない
けれど、恐いの苦手と言っていたのにこれ見たいのか?!
となれば、あぁ、これは
映画は口実なのだ
と思わざるを得ない。

彼の琴線に私の何かが響いたのは
意外

私は『いいですよ』と返事をし、
次の日はたまたまなのかまたは待っていてくれたのか
帰りが一緒になり、駅まで並んで歩く。
他愛もない話をして、あれ、約束の話しはしないのか、
あら、あれ、人違いだったのかしら?
なんて思うほど早稲田さんはいつもと変わった様子はなく
駅まで徒歩5分はあっという間、改札を通り抜けホームに立ち止まる
頃にやっと彼は「そういえばさ、」と切り出した。
これは口癖なのだろうか。

 彼:今度の休日のこと、なんですけど。
 私:何時に待ち合わせますか?
 彼:何時でもいいですよ。
 私:でも午後からの方がいいですよね。
 彼:いや、大丈夫です。午前からでも。
 私:じゃあ、

 普段も早く来てみたら?

私の攻撃的な性格は思いやりがまるでないまま
普段から思っていたことが反射的に口をついて出た
直後にしまったと思った。

 一応、起きてはいるんですけど、

と彼はゆるりと答え、私はふとその姿を思い浮かべる。

朝日の中、ラッシュが過ぎるのをただ待っている。

彼は私より背が低い。
どこともなしに前を見ているその顔を少し上から見下ろす案配で眺めると
色素が薄くて毛細血管が透けて見える皮膚。
これ見よがしに繊細な造りをしている。

私は自分の発言に自分でいたたまれなくなり、
 まぁ無理しないでください。
と返し、ちょうど滑り込んできた電車に乗り込み逃げ
るように手を振った。

ふれてはいけないところにふれた。


でも次の日、本当に少し
だけど彼は早く来たんだ。

私しか知らないこと。

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「プープーの罠」 written by 浅田

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