プープーの罠
2005年07月20日(水)

テカテカネオン

いつもより少し
だけ早く仕事が終わり、
少し というのはいつも終電
なのですが、その1本前で帰れる程度の、

そんなタイミングで
オオサトさんから連絡がきて
 「タカさんと飲んでいるからいらっしゃい」
とのこと。
私は今しがた通り過ぎたひとつ
前の駅に終電で戻り、指定されたバーへと出向く。

タカさんとはオオサトさんの元同期であり
森君の師匠であり、私は面識はなかった
けれど名前はよく耳にする存在であった。

この人はナチュラルに
イケメン
という語感の似合う
端正な顔とさわやかな笑顔の
好青年といった風情で
さっきまで飲んでいたらしき居酒屋で隣りに
座っていた男連れの女の子に連絡先を渡した
のにまだ連絡こなくてガッカリ〜
なんてことをさわやかに話していて
けれど森君から聞いた話ではこの人は既婚者だ。
オオサトさんがごく当たり前で健全
なことのように私を口説いてくるのは
この人に感化されてるのだろうなと思う。

 「ずっと君に会いたい会いたいって言ってたのよ、オオサトは。」

割り増しされた表現だというのは感じても
本当のところオオサトさんがタカさんに
私のことを どう 伝達しているのかはまったく分からない。

 「あぁ、そうですか。」

と答える私をタカさんは奇妙な面持ちで眺め、
終電も終わったような時間にバーまで出てくる
くせに、ハスッパで色気もない私は少なくとも彼
の定義している『女』から大きく外れている
らしく、しきりに
 「二人はどういう関係なの?」
と聞いてくる。

何もないですよ

と言ったところで返って イミシン になる
ようなタヌキっぽい空気、
終電がなくても気軽に来るのは歩いて帰れる距離だから。
完全に『男』と『女』をすべての前提にしているような
タカさんの思考回路と発想はあっという間に面倒になり、
私はバーボンの氷を爪先で転がしながらただ
ニカリ、と笑っておいた。


タカさんは結局
オオサトさんと私の関係
について結論づけられなかったらしく、
果たして二人きりにしてよいものかそれとも
いつまでもいるのもヤボなのか、
ジブン的ポジションも決めあぐね、
結論として まぁどうでもいいかな 的に
そして自分の飲んだ分とは別のお金をそっと
オオサトさんに忍ばせ何かを耳打ちして帰って行った。


 「そうだ俺30になったのよ。」
 「あら、オッサンですね。」
 「前、『男は30から』って言ってたじゃない。」
 「そうでしたっけ。」
 「『20代なんてカブトムシでいえば幼虫だ』って。」
 「そんなこともあったような」
 「俺、もう"大人の男"になったんですよ。」
 「それはおめでとうございます。」
 「だから、ホテルに行こう。」

ひとしきり近況を話し、
少しできた沈黙の後に思い出した
ようにオオサトさんはそう言った。

 「やですよ。」
 「あ、そう。」
  
そこで会話は途切れ、
ひとつ席を空けて座っている他の客の
きゃらきゃらとした笑い声だけが聞こえる。
ちらりとそちらに目をやるとシナをつくり
ながら野次馬的にこちらを興味深そうに眺めている
お じ さ ん と目が合い、ウインクをされたので
ニカリ、と笑っておいた。
この店は2丁目にある。

傍から見たら気まずい沈黙
なのかもしれないけれど、
たいていこんな状態。
もくもくとお酒を煽る私を
横で眺めているオオサトさん
の図。

私は無口であり、
人見知り
おとなしい
とよく言われますがそれは少しハズレていて
もっとシンプルにただ単に
オモシロミがない人間
なだけであり、さらに
オオサトさんといる
時はまったくもって気を遣う必要がなく
必要がないならますます話さない。

オオサトさんという人は、
綺麗事を並べ立てて下心を隠し込む
のではなくむしろ
下心を隠す気もさらさらないけれどそう
いう面においてもやはり 口先だけ な感じで
食い下がってきたりはしないし無理強いもしない。
本当のところ何を考えて
いるのかわからないしまたこの人も
自分の深層を苦もなく押し殺せるタイプ
だと思う。

それはまた違う種類の安心感を私にもたらす。

索引
「プープーの罠」 written by 浅田

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