プープーの罠
2004年07月10日(土)

わたしの青い空

2時過ぎ
半ば 強引にオオサトさんはやって来て
私は駅まで迎えに行き、それから
商店街を横切り、遅くまでやっている
居酒屋を探して入る。

すでに酔いの回った
彼は饒舌に喋る。

 さっき乗ったタクシーの運転手が
 おもしろい人でねぇ、
 今日カノジョの誕生日なんだって。
 だから仕事が終わったら会う約束をしてるんだけど
 その時にプロポーズしたいんだって。
 「上手くいきますかねぇ」
 って楽しそうに言ってるの。
 70過ぎの老人だよ。

 聞いてるカンジじゃ
 多分女の子は"お店の子"みたいだった
 けど、何か凄いなぁと思って
 俺もいつまでもそんな若くいられるかなぁってさ。

 「俺もこれから女の子に会いに行くんですよ
 本当に来てくれるか分かんないんですけどね。」
 て言ったら、がんばってくださいよって
 タクシー代安くしてくれたの。

彼はニッと笑って言う。

 ホントは今日
 浅田 来てくれないと思った。

 来ますよ。
 お話ししたいことたくさんありますもの。

それから
さっきまで飲んでいた時のコトを一通り話し、
タミオくんはどうにか思いとどまらせたようで、
「つじさんもタミオも浅田が必要だって言ってたよ。」
と、結局辿り着くところはこれだ。
私もまた、説得されている人物の一人 なのである。

 だからもうちょっと続けようよ。

私は、この1週間の違和感を端から吐き出す。

 私は今"仕事をする"ことにプライドはない
 けれど、納得のいかない方針に従うつもりはない。
 体制を変えるといっても
 ちっとも改善には向かってはいない
 むしろ悪くなっている。
 ヤル気のない者を引き止めても
 モチベーションが上がることはないし
 成長することもないし
 得るものもない
 無駄な労力なのだから、
 それで逃げられて引き継ぎもままならず
 みんなが些細なことで右往左往するよりは、
 さっさと新しい人を入れて完全に引き継いで
 可能性を育てるべきでしょう。
 少なくとも今の会社にとって
 私は使える人間ではない筈です。

 私は今、
 "生活するには収入が必要"
 だから働いているのです。
 会社全体を改善していこう
 なんてゆうバイタリティがあったら
 とっくに正社員になってるか
 自分で会社を起こします。
 やりがいやスキルアップを求めてはいないし
 高収入を求めているわけでもない。
 効率良く稼げるから派遣を選択するのです。



それは 批判 にもならない、
ただの 愚痴 であり
非常に 無責任 であり
しかし、オオサトさんに返す言葉はない。
理詰めで押している私はまるで社長と変わらない。
彼は一点を見つめて聞いている。
諦めのような空気がそこに見える。

彼は判っているのでしょう。
この会社の中身のなさを。
説得するにも、決して納得のいくような
筋の通ったことが言えないことを。

彼は諦めているのでしょう。
みんな 辞めたがる だけで
良くしていこう なんて
微塵も思っていないことを。
この会社を誰も愛してはいないことを。

そして私は、
この解決しない問題の
改善すべき点を指摘する
だけで何も対処はしない
ということの繰り返しに虚しさを感じる。
オオサトさんにぶつけて何になる?
まったくもって生産性のない
これこそ無駄な労力だ
と思う。


夜通し何を話してるんだか、
理由が判らなくなってきた頃、
お店が閉店の時間を迎え
外に出てみれば完全な朝日、
気温はじわりと暑くなってくる。
帰りましょうか、と
手をつないだまま
使ったことのない沿線の駅まで歩く。


オオサトさんは眠そうな目で
うすぼんやりとこっちを見ながら

 なぁ、一緒に働こう。

私は首を横に振るだけ。

改札で手を振って別れる。
これが本当に最後だろう
引き留められるのも
二人で飲むのも。

そこからうちまで
歩いて戻る30分、
これがハニちゃんだったらどんなによかったか
などと考え、

オオサトさんとハニちゃんを
比べてはそれを打ち消す。

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「プープーの罠」 written by 浅田

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