BERSERK−スケリグ島まで何マイル?-
真面目な文から馬鹿げたモノまでごっちゃになって置いてあります。すみません(--;) 。

2006年10月16日(月) 「デュランダル:durandal」4



 その日は、空高く晴れ上がりといきたい処だが、聖都は比較的高地にあるので天気は変わりやすく、冬など曇天が続き雪が降る事も珍しくない。青が垣間見える空を、雲が切れ切れに流れていく、そんないつもの日。
 聖都のトーナメント場には、今から火刑を見物する様な、人々の熱気と興奮に包まれていた。様々な階級の人々が、かつて無い程につめかけていた。
 高き場所には、いと高き高貴な位の方々が、華麗な天幕のしたにかしこまっていた。低き身分の者達は、玉砂利の座る場所も無い所で立ち見を余儀なくされたが、人々の間を物売りが歩き活気ある事には変わりない。
 グレートヘルムの限られた視界から、セルピコは高き方々の席を仰ぎ見る。聖都市長の隣にヴァンディミオン卿フェディリコが列席している。こういう場所でもフェディリコの奥方は、やはり姿が無かった。仲が良かろうが悪かろうが、お公の席には婦人同伴で列席するのが貴族の体面であるが、ヴァンディミオン婦人は構わず旅行へもなんでも出かけ、邸に腰を据える事がなかった。別荘や別邸を渡り歩いているとも聞いた。この陰鬱な聖都を嫌っての事かもしれないが、定かではない。
 市長とヴァンディミオン卿の左右には、それぞれ司政の重職に付いているお偉方が並ぶ。上から下に座る者ほど、貴族の位が低い者であるが、競技を間近で見たいと、わざわざ馬が蹴る砂がかぶりそうな下の席に陣取る物好きな大貴族もいた。
 そして視線は最上段に戻る。白い布に包まれ、中が見えない天幕の下に、彼の貴婦人は居るのだ。セルピコは彼女の存在をもっとも大きく感じた。ファルネーゼは見ているのだ、あの席からじっと彼だけを。

「やあ、どうだい調子は?」

「ラミレス様…」

 剣の師であった。金糸銀糸で唐草模様が縫い取られ、その服だけでも立ちそうな豪華な都市国家風のトーガ(長衣)をまとったラミレスは、傍らに慎ましやかにもやはり豪華に着飾った婦人を伴っていた。髪は美しく結い上げられ、真珠で飾られ、素晴らしいテンの毛皮を肩にかけていた。
 高級娼婦か(コルテジャーナ)か……。セルピコにも一目でわかった。娼婦と言っても、趣味教養において貴婦人に劣らず、王侯貴族の尊敬をも受ける優雅な女達だった。
 金のかかった装いに、美しい女。ラミレスが貴族である事を改めて思い出させる光景だった。確かこの方はけっこうな名家の出の筈。貴族の長男以下は、傭兵やら違う主君に仕える騎士やら、吟遊詩人になるやらで身を立てるのは大変なのだが、何を好き好んで放浪のソードマスターになったのやら。確かに剣を扱わせれば教圏一とさえ囁かれながら戦場に出たがらず、臆病者呼ばわりする者も少なからずいた。

「わざわざお越しくださったのですか?」

 師に応えつつ、連れの婦人に礼を尽くすと、婦人も片手を胸元に添え、おっとりと優雅に頭をさげた。

「それはね、自分の弟子の事は気にかかるさ。調子はどうだい?」

「調子ですか……さあ、戦ってみなければなんとも言えません」

「そうか、お、紋章官共が出てきたな。君の相手は派手だな、馬衣の裾に金の鈴が付いてるじゃないか」

「そうですね。チューダーの国で武勲をたて、古い血筋の姫を娶ったとか。あの金の飛竜はその証です」

 会場が一斉にどよめいた。鎖帷子の上にまとったサーコートは、インペイルメントに染め分けられ、赤の生地には金の火を吐く飛竜の縫い取り、赤地の馬衣にも誇らしげに金の飛竜が散りばめられていた。当たり前の様に、かの相手がかぶるグレートヘルムがいただくクレストも火を吐く飛竜だ。
 歓声をおくる観客達に、飛竜の騎士は片手をあげて挨拶をかえし、群衆のどよめきに紋章官の説明がかき消される。
 ラミレスは組んだ腕の片手を顎にあてて、華やかな古式ゆかしい騎士を見ている。

「モンタルト辺境伯オッターヴィオ・バルベリ−ニ卿です」

「なるほどでかい騎士だな。背丈なら私と同じくらいか?しかし恰幅はいい。あれなら剣技知らずでも戦場では有効。力任せに巨大な剣を振り下ろせば、並の騎士は殴られて死ぬよ」

「真剣勝負を控えた騎士の前で死ぬ話はよしてください。落ち込みます」

 ラミレスは苦笑した。不満そうに口先を尖らせた、狐に似た弟子の白い顔がありありと想像出来たからだ。

「まあ、聞きたまえ。私が教えるのは生き残る術だ。ああいうでかい奴の振り下ろす剣をまともに受けてはならない。確かに君は彼に比べて小柄で、実践の経験もない。しかし、それ故、相手の剣の力を受け流し、大男には出来ない素早さで動く事が出来るのだ。心したまえ」

「ええ、盾が唯一の救いに思えます…」

 そういうセルピコの持つ盾は、青の地に銀の縁取り、中央には首輪で繋がれた銀の白鳥、銀の縁取りの上中央には控えめにヴァンディミオン家のクアドリフォリオの緑があしらわれていた。セルピコがヴァンディミオン家に仕える騎士である事を表す印だ。サーコートはヴァンディミオン家が主家である証の緑のクアドリフォリオ。馬衣はセルピコの紋章、青地に銀の白鳥の意匠だ。

「ん?君は子爵になったのか。気がつかなかった」

 ラミレスは、白鳥のクレストが鎮座するクラウン(王冠)の形が変わっている事を目敏く気がついた。騎士冠から子爵冠になっていた。正式な大紋章が描かれれば、ヘルメットも変わっているかもしれない。

「あ、ええ、一代限りの騎士、準男爵から、相続権が発生する子爵に格上げです。御舘様より、体面上小さな土地も拝領致しました」

 トーナメントに出る直前でしたので、ラミレス様がご存じないのも無理はありません。なにより、多くの人々の眼の前に立つ体面上のご配慮、僕はその土地がどこにあるかすら知りません。
 淡々とグレートヘルムの中から、叙爵の事実を語るセルピコの口調は、何か呆れた様な響きがあった。

「…君は嬉しくはないのか?年金も増えように」

 目の前のグレートヘルムはしばし無言のすえ、言葉をついだ。

「ラミレス様も、僕がヴァンディミオン家に拾われた経緯はご存知でしょう。雪の中に埋もれていた平民という卑しい僕の出目は、僕が生きているうち…例え侯爵になっても一生付いてまわります。一応爵位を持ち、社交界に出入りを許されていますが、”まともな貴族”で僕に個人的な感情で近寄る方はいません。また平民からも、どのような手を使ってヴァンディミオン卿に取り入ったのかと白い眼で見られます。僕はどこに居ても宝石の中に紛れ込んでしまった石の様な存在なのです…」

 それでも昔の様に、凍え飢える生活よりは随分とましです。居心地は悪くても、また元の生活に戻りたいとは思いません……。そうセルピコは語った。
 一見、人に取り入るのが得手そうな若者だったが、ある表層の奥へは人を心へ踏み込ませない。そんなセルピコの気性を剣で知るラミレスは、何故か彼が生活の為にヴァンディミオン家に取り入ったとは思えなかった。

「ふむ、すまじきものは宮仕えか……。私もおぼえが無い訳でもない。そういう煩わしさを嫌って、方々をふらふらしている私はいいご身分なのかもしれん…」

「いえ、僭越ながら、ラミレス様にはラミレス様のご事情があったのでしょうし、誰もそれを咎める事は出来ないでしょう…」

「…ふ…あの令嬢の事といい、君は気苦労ばかりだな」

「習い性です…」

 ラミレスはグレートヘルムと鎖帷子の中の、痩せて頼りない青年の細い肩を思った。あの肩には荷が勝ち過ぎる様な諸々を、背負っていると感じた。

「聞きそびれていたが、その美しい剣もヴァンディミオン卿からの拝領かい?」

 ああ、とセルピコは腰に吊るした剣を手に取った。鞘にさえ美しい金の繊細な彫り物が施され、柄の中央に大きなエメラルドが眩しい剣だった。

「…宝石はお嬢様からいただきました。剣は僕自身であつらえました。自分で使いやすい様にと」

「君に似合うよ、人は外見ばかりに捕われようが、今日日なかなか見られないよい剣だ。ん?そろそろ君の出番か」

 話し込んでいるうちに、相手の貴族のお披露目はそろそろ終わりに差しかかっている。

「ありがとうございます。相手とぶつかるのはお披露目の後ですけれど…」

 セルピコはこのトーナメントにあたって名前も拝領したのだと言った。セルピコ・ダ・フェウディ・デ・サン・グレゴリオ、これが自分の正式な名前になったのだと語った。

「僕のお披露目ではヴァンディミオン家の体面がかかっていますしね。僕は聖人の土地出身のフェウディ卿という訳です。バカバカしいな、セルピコ=ヘビの様な奴では体面がわるいと、仰々しい名前もいただいたのです」

 ラミレスは何か痛々しいものを感じた。呆れた様な口調は、この若者が与えられた虚飾の意味のなさをよく知っているからなのだ。なまじ賢く産まれついたは、辛いものだな…。

「いいではないか、意味はなくてももらえる物はもらっておけ。いつ何時役に立つやもしれん」

「失礼、お呼びの様です…」

 相手の紋章官が去り、ヴァンディミオン家の紋章官が出て準備を始めたのだ。ランスやら足場を持った従者やらがわらわらと駆け寄り、重装備のセルピコが馬に乗るの助けをじめた。昔の騎士は、鎖帷子や飾り物の重さのおかげで、一人で馬にも乗れなかったし、馬から落ちたら身動きもままならず、追いはぎにあう事もあったという。見た目の華麗さを支えるには、やせ我慢が必要だったある意味のんきな時代でもあったのだ。

「我名はセルピコ、携える剣はエメラルドにして盲目のヘビなり、それじゃいけないのかな」

 馬上の飾り立てられた騎士は、師にむかって冗談めいた口をたたいた。

「君のクレストは白鳥、さしずめローエングリンだ、自信を持て。ちなみにその馬の名はなんだい?」

 群衆のざわめき、大歓声にも動じない、つまりはトーナメント用の馬であるが、さすがに大ヴァンディミオン、素晴らしい馬だった。先ほどからラミレスは気になっていたのである。

「ああ、彼女はバンシーです。トーナメントや典礼事の時に世話になります」

「バンシーか、君もいい趣味してるな」

「あ、お呼びの様です。ラミレス様、もし僕が負けたら、この剣をお取り下さい」

 待て!ラミレスの声はセルピコに届かず、ヴァンディミオンの騎士は競技場へ出て行った。やはり群衆の大歓声にむかえられ、ランスに飾られたバナーがはためいた。
 そしてラミレスは、己を自嘲気味に語ったセルピコの言葉の意味を知ってぞっとした。
 死ねば子爵も何も意味をなさない。彼は必ずしもヴァンディミオン当主に、勝利ばかりを期待されていない事を、知っていたのだ。



続く


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注:紋章の説明については、間違った箇所もあるかと思いますが
  ただ今調べている最中です。ご容赦戴ければ幸いです。
  なお、セルピコの称号や、相手の貴族の名前等は管理人のねつ造です。
 「ベルセルク」原作者三浦健太郎氏の設定とはまったく関係無い事を
  明記致します。



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